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中共南通経済技術開発区工作委員会 南通経済技術開発区管理委員会 副書記 主任の羌强氏
中共南通経済技術開発区工作委員会 南通経済技術開発区管理委員会 副書記 主任の羌强氏
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愛信(南通)汽車技術中心有限公司(アイシン(南通)自動車技術センター有限会社) 総経理の吉田糾氏
愛信(南通)汽車技術中心有限公司(アイシン(南通)自動車技術センター有限会社) 総経理の吉田糾氏
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日本エー・エム・シー 常務取締役の北川浩文氏
日本エー・エム・シー 常務取締役の北川浩文氏
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 2011年10月28日に目黒雅叙園で、「中国南通経済技術開発区投資誘致説明会」(主催:中国南通経済技術開発区管理委員会)が開催された。中国における経済発展をリードする長江デルタ地域にある南通市。その発展の中心を担っているのが南通経済技術開発区である。今回の投資説明会では、冒頭で南通経済技術開発区を紹介するビデオを上映。この後に、中共南通経済技術開発区工作委員会 南通経済技術開発区管理委員会 副書記 主任の羌强氏が登壇。南通経済技術開発区の沿革を簡単に紹介したうえで,同区の特長を詳しく解説した。

優れた地の利と交通の便

 同氏は,同開発区の特長を大きく四つ挙げた。第1は,地の利と交通の便に恵まれていること。長江と黄海に面する開発区は、中国と世界をつなぐ交通の要所となっている。特に,2008年に世界一長い斜張橋として知られる蘇通揚子江大橋が完成したことで、上海から1時間圏内に入り,同開発区の優位性が高まったと言う。

 第2は,強力な産業基盤ができあがっていること。同開発区には,すでに30を超える国や地域から合計700社以上が投資しており,その投資額は105億ドルを超える。これによって製造装置,オプトエレクトロニクス,新素材,新医薬,新エネルギー,アウトソーシング・サービスといった産業の基盤が出来上がっている。

 第3は,産業を育む環境が整っていること。特に,電力については,22万ボルトの変電所が3基,11万ボルトの変電所が9基設置されており,安定した供給が可能だと言う。1日当たり70万トンの水が供給可能で、一日あたり15万3000トンと高い能力を備えた汚水処理施設も整っている。

 第4は,進出企業に対する政府の支援が手厚いこと。南通市政府は、投資に当たって必要な手続きの簡素化を図ると同時に,審査手続きの効率化に努めていると言う。このほか、従業員用宿舎や高級アパートを用意しており、近くインターナショナル・スクールも開校される予定だ。

 羌强氏は、南通経済技術開発区の国際競争力強化に向けた三つの取り組みついても言及した。最初に挙げたのが,機械,電子,医薬といった三つの産業の育成を図ること。第2は、産業発展の中核となるプラットフォームを構築すること。設備製造,精密機械,電子情報,医療健康,新素材の五つの産業園区。さらに能達ビジネス区,総合保税区,郊外型産業集積区という三つの機能性園区を設けて,最先端の産業に関わる企業を積極的に受け入れる。三つ目の取り組みは,政府による支援の強化。国,省,市が提供する優遇政策に加えて,南通市政府独自の支援策を企業ごとに提供する。

中国市場開拓に向けて進出

 羌强氏の講演の後,実際に同開発区に進出した企業2社が登壇。進出の動機やこれまでの成果などについて語った。

 最初に登場したのは、自動車部品大手のアイシン精機の中国法人である愛信(南通)汽車技術中心有限公司(アイシン(南通)自動車技術センター有限会社)の総経理を務める吉田糾氏である。アイシン精機が100%出資して設立した愛信(南通)汽車技術中心有限公司は,自動車部品の開発設計を手掛ける。2011年10月から事業を立ち上げたばかりの新会社だ。「動きが激しい中国市場で事業を伸ばすには,現地のニーズに迅速に対応できる体制が欠かせないと考え,開発設計を手掛ける拠点を中国に置くことにした。将来は,商品企画から製品の評価まで手を広げ,中国における商品開発の中核となる拠点にする考えだ」(吉田氏)。現在、同社の従業員は十数名だが、最終的には50名程度の規模の拠点になるという。

進出を契機に事業が発展

 続いて登壇したのが日本エー・エム・シー 常務取締役の北川浩文氏である。福井県に本社を構え、建設機械の油圧系統などに使う高圧配管用継手を主力製品とする同社が,中国の南通福徳実業有限公司と合弁で通経済技術開発区に南通愛慕希機械有限公司を設立したのは1997年のことだ。「1995年に円高が進行したころ、グローバルな市場における競争力強化のために中国に進出することを決めた」(北川氏)。

 この合弁企業による事業は,当初の期待を大きく上回る成果が出ていると言う。「2000年ころから中国で始まった建設ブームを受けて建設機械の市場が急拡大。このおかげで2004年ごろから右肩上がりで業績が伸びた」(北川氏)。2001年に556万元だった同社の売り上げは,いまや約3億4700億円にも及ぶ。15名でスタートした同社の従業員数は,いまでは1000名を超えている。事業所の規模も拡大した。設立当初は,面積800平方メートル程度の工場だったが,現在は南通市政府が提供するレンタル工場を五つも借りている。現在、これらの工場を統合するために,新たに6万平方メートルの敷地を確保。2012年の操業開始を目指して新工場を建設中である。