PR
[画像のクリックで拡大表示]

 残念なことに、私自身は別の用事があったため、Jobs氏が出席した会議には出られなかった。出席した当時の部下によれば、明快な戦略を持っていたJobs氏の提案に乗れないまま、会議の議論は噛み合うことはなく、同氏の怒りを買っただけで終わったらしい。結局、Apple社とソニーの提携は立ち消えになってしまった。

 ソニー側の責任者にJobs氏の意図を理解できる先見の明があり、Apple社と協業していれば、ソニーを取り巻く状況は現在と大きく異なっていたかもしれない。もったいない話である。

 Apple社の製品に素晴らしさを感じながらも、日本のエレクトロニクス・メーカーに長く席を置いていた技術者としては、日本メーカー贔屓の視点は捨て切れない。Jobs氏が率いていたApple社のように、革新的な製品を生み出してほしい。そう願っている。

 日本メーカーがイノベーションを起こすには、既存事業とは別の新たな組織で、新規事業を育てる必要がある。デジタル家電の価格下落が進む中、コストを極限まで抑えて利益を追求する既存事業と、先行投資や育成期間が必要な新規事業の開発過程は、相反する存在だからである。

 こうした組織づくりを実現し、開発現場を活性化できるのは、経営陣だけだ。にもかかわらず、現在の日本メーカーは、新規事業の芽を摘み取る、もしくは、そもそも新規事業に投資しない時代が続いているようにみえる。

 経営者は本来、これまで存在しなかった新たな製品分野の先進性を見抜く力を備えている必要があるはずだ。しかし、新製品の可能性を判断せず、構造改革の名の下に技術者を含めた経営資産の圧縮にばかり力を注いでいるように思えてならない。残念なことだ。

他社の成果を追い掛けるな

[画像のクリックで拡大表示]

 日本メーカーが生き残る道は、これまでのように設備投資に力を掛け、規模の論理を追い求める方向性ではない。それを示してくれたのが、Apple社だろう。同社は、製品の企画や開発を中心にしたものづくりが、業界を変え、社会を変える巨大な市場を生み出すことを証明してみせたのだ。

 例えば、各社が業績悪化に苦しむ薄型テレビ分野は、インターネットとの連携の本格化で実はこれからの市場である。ただし、多くの企業が挑戦をしては、失敗に終わってきた非常に難しい分野だ。Apple社のセットトップ・ボックス型端末「Apple TV」ですら成功を収めたとは言い難い。Jobs氏が成功を収めてきたのは主に個人向けの製品であり、家庭向けではない。

 だからこそ、家庭向けの代表格であるテレビにチャンスがあると考えるべきではないか。Jobs氏は生前、新しいテレビのアイデアを持っていたそうだが、日本メーカーもテレビの新しい楽しみ方を含めた製品の企画に、もっと真剣に頭をひねった方がいい。これからのテレビ市場で成功を収めるには、他社の成果を追い掛けるのではなく、利用者に受け入れられる製品の姿をイチから考え直す必要があるだろう。

 製品企画に軸足を置けば、日本メーカーが手掛ける製品ラインアップも少なくて済む。現状は機種数が多すぎる。Apple社の製品は機種数が絞り込まれていて、モデル・チェンジの期間も日本メーカーに比べ非常に長い。これが、高収益につながっているのだろう。ユーザーに魅力的で新たな生活を提供できれば、新機種を矢継ぎ早に出す必要もなく、製品寿命も長くなるはずだ。

 Jobs氏は個性が強く、自らが設立したApple社を一度は追い出されたが、復帰後は誰からも愛される製品の開発に力を注ぎ、誰からも賞賛される功績を残した。これは、自らが手掛ける製品への熱い思いがあるからである。だからこそ、個性の強さが際立つのだ。

 イノベーションを生む個性をつぶしてしまう行為が、最もあってはならないことである。これは、経営者だけの責任ではない。日本メーカーの技術者も、時には自らの信念を譲らず、正面からぶつかり合い、我を貫く覚悟が必要だろう。

前田悟(まえだ・さとる)氏
金沢工業大学 客員教授
前田悟氏 ソニーで無線機能付き液晶テレビ「エアボード」や、遠隔地からテレビ番組を楽しめる「ロケーションフリー」などを開発。2007年にケンウッドに移籍し、2008年にJVC・ケンウッド・ホールディングス 執行役員常務。2011年6月に退任。複数のベンチャー企業の顧問も務める。