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 21世紀の世界経済の特徴はグローバル化である。すなわち、これまでの先進国主導の経済体制に、新興国が大きく力をもって加わったことである。巨大な人口を擁する中国、インドをはじめとする新興国が、労働市場としてだけでなく、商品市場としても世界経済に大きくかかわり始めたことは、世界経済を大きく変える契機となった。特に、彼らの需要に合わせた低価格、低機能の商品が安価な労働と相まって可能となったことは、国際市場に価格破壊をもたらした。そして日本企業が根本的な構造改革を行わない限り、これらの新興国に対してさえ対抗することができないことになった。

 しかも、日本を取り巻く状態の変化はそれだけではない。情報技術分野などにおいて優勢である欧米勢が、彼らの新製品の普及速度を以前に比べて格段に早めため、新製品の開発者だけが大きな利益を得ることになった。日本の企業は、ここでも大きな戦略の変更を迫られることになった。

 これが21世紀のグローバル化した世界状況の中で、日本が陥っている状況である。したがって、先進国と新興国への対応策として、日本の体質に合った新しいビジネスモデルを考えだすことが必要となった。

統合システムで優位性を生かす

 では、どのようなビジネスモデルが可能か。まず、中国、インドなどの新興国にどうすれば優位に立つことができるかを考えたい。彼らは、単体技術ではすでに先進国とほとんど同様の技術を持っており、しかも安価な労働力によって価格競争ではかなり有利である。こう考えると、彼らとの競争では、単体技術製品の価格競争ではなく、統合システムによって日本の優位性を生かすことが有効だ。

 最近の中国高速鉄道事故の事例が示すように、中国は少数の精鋭エンジニアによって高速鉄道のモデルを作ってデモンストレーションをすることはできても、日本のようにそのモデルを5分毎に何十年も無事故で走らせ続けることを可能にする、有能な技術者の厚い層を持っていない。しかも統合レベルの高い巨大複雑システムは、日本がこれまで長い間に培ってきた広分野における高い科学技術を統合することによって、十分に実現することができる。それらのシステムは新興国との競争において優位に立てる可能性が高い。

 このような観点に立って、現在の日本の牽引産業である自動車、エレクトロニクス、情報通信などは、より統合レベルの高いシステムに挑戦すべきである。

科学技術をフル活用した「街システム」

 次に欧米諸国との競争において、日本が有利に立てるものは何かを考えたい。日本が、新しい社会的理念を持った商品を、世界に先がけて提供することは可能だろうか。日本が世界に先がけて経験している深刻な社会問題が多いことを考えると、その答えはイエスである。

 例えば、高齢化問題がある。この問題が日本で深刻なのは、高齢化の速度が速いことだけではない。日本の高齢者が、欧米社会の高齢者のように精神的に自立していないことである。欧米の高齢者は個人主義に慣れているので、たとえ一人になっても本を読み、音楽を聴き、花の世話をしながら生活を楽しむ術を知っている。しかし、日本の高齢者はこれまで常に社会の一員として、つまり集団に囲まれた自分しか知らない。彼らがひとたび、これまでのように自由に歩き回れなくなったとたん、これまで自分が属してきた集団(会社、隣人、家族)からも引き離され、小さな部屋にぽつんと座ってテレビを見ることしかできなくなる。

 彼らはまだまだ、いろいろな意味で喜んで社会に貢献することができる能力、気力、体力を持っている。ただ、若い時より少し体力がなくなった、移動が不自由になった、転びやすくなったといった理由だけで、あまり動き回らないように強制すべきではない。むしろ安全を確保した上で、大いに動き回るべきなのである。それは彼らの住環境を正しく整えることによって可能となる。その目的のためにこそ、高度に発達した21世紀の科学技術を大いに利用するべきである。

 ここに新しい理念を持った商品の概要が見えてきた。新しい理念とは、これまで、ともすると、うとんじられてきた高齢者のための理想の住環境を考え直すことによって、定年後30年でも40年でも再び社会の重要な成員として生きがいのある生活を送れるように、科学技術をフルに活用した「街システム」を造ることである。

子供にとっての街システムも

 子供たちの問題についても、日本は深刻な問題を抱えている。家庭内暴力や学級崩壊、引きこもり、学校内のいじめとその被害者となった子供たちの自殺、中学・高校、ひいては大学を卒業しても定職に付くことを拒否しているフリーターの数の多さなどは、これらの問題を抱えている個々の子供たちの問題にとどまらず、日本の若者全体の“内向き”傾向を生み出している。

 10年ほど昔になると思うが、トヨタ自動車が中心となって大企業のトップが全寮制の中高一貫教育によって、将来の日本に本当に必要な人材を教育する学校を創立することにした。その背景には、子供の教育をもう日本の母親だけに任せておくわけにはいかないという、やむにやまれない決意があったのでは、と私は感じ取った。世界を相手に立派に闘っている会社のトップが、現在の日本の子供たちを取り巻く環境を真に憂いておられることを知った時、非常に心強く感じたことを覚えている。

 現在、状況はさらに悪化し、日本の子供たちのみならず、日本社会全体の内向き傾向を世界から指摘されるに及んでいる。日本の子供たちの状況を改善するために、今こそ子供たちの日常生活の中にもっと世界を取り入れることによって、子供たちの人間教育を中心とした教育体制を確立しなければならない。これらのことをすべて踏まえて、子育て真っ最中の家族のための街システムを考えることも大切である。

 また、高齢者と子供たちの理想の住環境を作ることは需要が大きいという意味で、ビジネスとして成り立つだけではない。愛する家族のニーズに丸ごと答えることができ、高齢者や子供たちにとっても理想の住環境という理念に基づいて提供される高齢者のための街システム、または子供たちの街システムは“社会の弱者”と呼ばれる人々にとって有益となる。そこでは「街ビジネス」も生まれる。

 また、あらゆる状況の人にとっての理想の住環境を提供するためには、これらの街システムのそれぞれが、そこに住む人々を特定したものでなければならない。例えばホスピスを必要としている患者とその家族のための街システム、子供のいない夫婦や独身者のための街システムなどが考えられる。

街システムの必要性はずっと続く

 これらの街システムの各々の理念は異なるとはいえ、システムとして見た時は多くの共通部分を含む。例えば、これらの街システムはいずれも住宅、商店、学校、病院、公園、交通システム、警察、消防システム、エネルギーシステムなどを含む巨大複雑システムである。したがって街システムは技術的に深いため、技術開発による差異化が可能となる。しかも産業規模が十分に大きく、大量で良質な雇用を生み出す。

 さらに高齢者のための街システム、子供たちのための街システムの発想は日本の必要から生み出されたものであるとはいえ、高齢者や子育ての問題は日本や欧州のみならず、中国など一般的にインフラ需要の強い新興国にとっても長期的・継続的に大きな需要があるだろう。

 これらの街システムの基本概念は、時代の推移と共に簡単に変わるものではない。例えば高齢者や子育てのために必要な環境は、人間にとって老化が避けられない限り、また子供を立派に育てたい親の思いがある限り、それに適した街システムの必要性自体は変わらず存在し続ける。変わることがあるのは、科学技術の進歩にともなって、必要を満たすサービス施設がより効率的、安価になり、その結果、サービスのレベルアップが可能になることだけである。

具体的な街システムの例

 次にそれぞれの街システムの例として、高齢者のための街システムと子育てのための街システムに限って述べてみたい。

高齢者のための街システム

 高齢者のための住環境に求められるものは、第1に移動の自由とその安全の確保、第2に健康に何らかの不安を持っている居住者の健康管理はもとより、実際に発病した場合にも最高度の治療と介護の提供を保障することである。その他、必要に応じて、訪問介護、訪問入浴介護、訪問看護、訪問リハビリテーションなども提供する。また、街システム内の施設に通って受けられるサービスとしては、デイケア、ショートステイ、さらに家事代行サービスなどがある。

 まず移動の自由とその安全を確保するために、住宅内と街システムのすべての施設内では、電動車椅子で自由に移動できるようにする。また、街システム内はすべて自動運転による電気自動車で移動可能なので、街システム内のゴルフ場や食堂、コンビニエンス・ストア、プール、ジム、集会場、病院などへの移動の自由と安全は保障されている。

 さらに、健康問題に対する最高度の安心を保障するために、救急医療体制の充実と遠隔医療の利用によって、あらゆる病気に対する最高度の治療を期待することができる。

 その他、居住者が年齢相応のビジネス活動、ボランティア活動を自由に行うことができるように電話会議システムやその他の設備を備えたホームオフィスを自由に利用することができる。

子育て家庭のための街システム

 これは幼児から中学生の子供たちの安全と教育を最重要視した理想の住環境を整えることを目的とした街システムである。

 子供たちの安全を保証するために、街システム内の交通システムは小さな子供も安心して外に出られるように交通事故ゼロを実現できるよう、最も安全である自動運転による電気自動車を含む交通システムを取り入れる。もちろん安全といえば大人社会からの悪影響、ことにインターネット、テレビなどの悪影響から子供たちを守ることも重大課題である。そのために子供たちすべての生活が、常に責任のある大人の指導と保護の下で行われるシステムも当然なければならない。

 次に、子供たちの学びの環境を考える上で忘れてはならないことがある。それは、次世代の子供たちが生きなければならない社会はグローバル社会だということである。したがって子供を多様な文化に触れさせて、世界に通用する価値観を教えながら、同時に英語を少しずつ教えることによって、子供たちの日常生活の中に“世界”を取り入れる教育システムを作ることが重要である。

 この他、この街システム内には託児所、幼稚園、小学校、中学校があり、高学年になるほど遠隔教育が中心となる。また、子供の健全な活動を促す遊び場や運動施設、電子図書館の充実、さらにグループ活動やその他の活動を指導し保護する有能な指導者を常に常駐させる。

 以上の二つの具体例で、街ビジネスのイメージは鮮明になったと思う。街ビジネスは、エレクトロニクスや自動車、情報通信などを統合した産業である。すでに述べたように、街ビジネスが日本の新しい牽引産業として有望な理由は二つある。日本の優位性を発揮しやすい分野であること、そして産業規模が大きいこと、である。新しい牽引産業の下で、日本が再生することを切望する。

正木一郎(まさき いちろう)
MIT(マサチューセッツ工科大学) ITS研究センター 所長
まさき いちろう

1948年生まれ。早稲田大学卒業後,川崎重工業に入社。
1979年にFAロボット用画像センサを開発するため,米Unimation社に出向。
1981年に米GM社に入社。
1986年にIEEEにIntelligent Vehicleの国際会議を設置。
1994年にMITに移籍。
1999年にベンチャー企業を創立。
現在,MIT Intelligent Transportation Research Center Director。大阪大学博士。