PR
インタビューに答える坂本氏
インタビューに答える坂本氏
[画像のクリックで拡大表示]

 エルピーダメモリ 代表取締役社長兼CEOを2013年7月に退任した坂本幸雄氏は9月24日、日経BP半導体リサーチのインタビューに応じ、現在の心境を語った。同氏は現在、エルピーダメモリへの移籍前に在籍していたUMC日本法人(現 ユー・エム・シー・グループ・ジャパン)のシニア・アドバイザーに就いている。このほか半導体関連の数社のアドバイザーを兼任予定という。「エルピーダ退任後、海外の企業からも何社か声をかけてもらった。これまでの人脈を生かし、日本の産業界と海外をつなぐパイプ役を果たしていきたい。それを通じて日本の半導体の復活にも寄与できればいい」などと話した。

 坂本氏はエルピーダの現状について「1年遅れた(ことで経営破綻に至った)が、四半期ベースで大きな黒字が出る健全な状態に復活できた。(2012年2月の)会社更生法の適用申請後、社員たちが奮起してくれた結果だ」とした。経営破綻の要因の一つともなった円高が緩和されたこともあり、現在では「広島工場のコスト水準は、台湾Rexchip社をしのぐところまできた」という。エルピーダの今後については「米国の会社と一緒にやっていくことには困難も伴うと思うが、従業員が互いにリスペクトしあえる関係を築き、僕が果たせなかった“世界一のメモリー・ソリューション・カンパニーになる”という夢を実現してほしい」と期待の言葉を口にした。

 エルピーダが経営破綻に至った理由については、リーマン・ショック直後の2009年に産業活力再生特別措置法(産業再生法)の適用を受けて国から約300億円の支援を得たことに触れ、「あの時に1000億円規模の支援を引き出すことができていれば、キャッシュフローは相当健全になっていたし、その後の状況も変わっていたはず。大きな資金を得て会社の規模を大きくしていれば、(経営破綻した2012年の段階で)金融機関もエルピーダをつぶしていいという判断は下せなかっただろう」と振り返った。リーマン・ショック後にパソコン市場は停滞に向かい、エルピーダが得意とするモバイル市場が急伸する。その状況下、「今から考えればパソコン用DRAM事業を切り離すといった選択肢もなかったわけではないが、当時は(パソコン用DRAMを含む)市場シェアを気にしていたこともあり、思い切った判断を下すことができなかった」とした。

 インタビューでは、2013年7月にエルピーダの買収手続きを完了した米Micron Technology社との提携をめぐる秘話も明かした。坂本氏によれば、Micron社CEO(当時)のSteve Appleton氏(2012年2月に飛行機事故で逝去)とは2004年ごろから「単独では韓国勢に勝てないという共通認識」(坂本氏)のもと、継続的に提携を模索する関係にあったという。話が具体化したのは、エルピーダが複数の台湾DRAMメーカーとの大連合を画策していた2008~2009年。いったんはMicron社との間で経営統合の話がまとまりかけたが、「台湾の(提携先DRAMメーカーの)工場のキャパシティ分配に関して合意できなかったため、話は流れた」。

 その後、タイの洪水や円高などの影響を受けてエルピーダの財務状況は悪化。当初、日本政策投資銀行や主力行からのリファイナンス(借入金の借り換え)の見通しはついていたが、経営破綻の2カ月前の「2011年12月に急に雲行きが怪しくなった」という。具体的には、日本政策投資銀行がリファイナンスの条件として、2012年2月末を期日に「2000億円規模の資本増強と、フラッシュ・メモリ・メーカーなど大手企業との提携を2大条件として提示してきた」。

 このうち他社との提携については「当時、毎週のように海外に飛んで」(坂本氏)、交渉を急ピッチで進めることでほぼ話をつけていたという。相手は、3年ほど前に提携交渉がいったん決裂していたMicron社。坂本氏が経営統合の枠組みをAppleton氏との間で固めたのは、2012年2月3日。ところがその同じ日に、Appleton氏が飛行機事故で急逝するという思わぬ事態に至る。これによって「話は振り出しに戻ってしまった」(坂本氏)。坂本氏はMicron社の他にも、複数の海外企業などと支援に向けた交渉を進めていたものの、いずれも期日までにはまとまらず、更生法の適用申請に至った。

 経営破綻後は、Micron社をスポンサー企業に選定。坂本氏は、Appleton氏を引き継いでMicron社CEOに就任したMark Durcan氏とともに経営統合に向けた作業を進めてきた。その間、「エルピーダの従業員を解雇せず、広島や秋田の工場の操業も維持する形で経営統合を進めてくれたDurcan氏の姿勢に、感謝している」(坂本氏)。坂本氏は経営統合完了後の8月、米国にある故Steve Appleton氏の墓地を訪れ、手を合わせたという。

 坂本氏へのインタビューの詳細は、近く日経エレクトロニクスや日経BP半導体リサーチに掲載予定です。

■変更履歴
掲載当初、最後から2番目の段落で、坂本氏が経営統合の枠組みをAppleton氏との間で固めたのは「2013年2月3日」としていましたが、正しくは「2012年2月3日」です。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。