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災害に強い放送技術

 スマートフォンやPCは、基本的にインターネット回線を用いて様々な情報にアクセスする。ネットの発展には、随時接続から常時接続への移行、高速大容量化という通信技術の進歩と普及が不可欠だった。一方放送も、高画質化、高機能化へと発展が進んでいる。

 今回のような災害時における放送と通信の根本的な違いは、放送が大多数の人に同時に情報を届けることに長けている点だ。

 FCCの声明にもあった通り、ハリケーンなどの被害で基地局がダウンしてしまうと、その地域の人々が個別に受信している電波が届かなくなり、情報が得られない。復旧には、各地域の基地局を1つずつ直していかなければならない。

 そのため、災害時には1カ所からシャワーのように情報を降らせることができる放送のほうが有効だとされている。そこでFCCは今回の声明で、iPhoneのFMラジオへの対応を促すことになった。「通信」が途絶えても「放送」によって情報を得られるからだ。

 しかし注意しなければならないのは、アップルはあくまでハードウエアメーカーであり、通信事業者ではないという点だ。実際、アップルは通信インフラを持っておらず、災害時の通信状況を改善したり、基地局を復旧したりすることに関与できない。

通信技術はメリットを生かせるか

 しかし、iPhoneは米国では4割の人々が使うスマートフォンの一大勢力だ。連邦政府がそのiPhoneについて通信以外の情報取得手段を用意するように要請した。これは連邦政府が情報収集に対する国民の不満の解消について分かりやすい成果を上げるための早道である。同時に、連邦政府が通信会社の災害時対応について満足しておらず、信頼を置いていないことの裏返しでもある。

 アップルは、iPhoneについて、極力シンプルにして、少ないバッテリーで長時間動作するよう設計している。実際iPhone 8シリーズは、前年モデルのiPhone 7シリーズよりもわずかに少ないバッテリーを使うにもかかわらず、より高速化されたプロセッサを用いて、拡張現実(AR)や機械学習といった高度な処理を実現している。

 アップルにとって、ビジネス面ではApple Musicとの整合性を考えなければならない。さらに技術的な側面からも「できれば通信以外の無線技術を用いたくない」と考えているのではないだろうか。ただし、災害時の安全に関わる情報の確保をどのようにするのか、アップルとしても今一度考え直すきっかけになったとも捉えることができる。

 既にT-MobileやSprintなどネットワークが弱かった通信会社は、iPhoneにおいてWi-Fi経由でも電話番号を用いた通話やSMSに対応できる「Wi-Fi Calling」をサポートしている。セルラー通信がなくても、通常通りの携帯電話サービスが利用できる機能は、電波が届きにくい室内で勤務している人や、海外出張者にとっても便利だ。モバイルでなくても、何らかの手段で通信経路を確保して通常の携帯電話サービスが利用できる仕組みは有用である。

 一方でアップルは、「AirDrop」で近くにあるスマートフォンやPCを介してファイルを送受信する仕組みを導入している。緊急通報などの情報を、デバイスを介して伝達する緊急時のピアツーピアネットワーク構築をする仕組みも、実現すれば災害時の1つの情報伝達手段になるかもしれない。

松村 太郎(まつむら たろう)
ジャーナリスト
松村 太郎(まつむら たろう) 1980年生まれ。米カリフォルニア州バークレー在住のジャーナリスト・著者。慶應義塾大学政策・メディア研究科修士課程修了。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)、キャスタリア取締役研究責任者、ビジネス・ブレークスルー大学講師。近著に『LinkedInスタートブック』(日経BP社)、『スマートフォン新時代』(NTT出版)、『ソーシャルラーニング入門』(日経BP社)など。