PR

「機動戦士ガンダム」シリーズや「タイムボカン」シリーズなどの作品で知られるメカニックデザイナーの大河原邦男氏のインタビュー。前編ではメカニックデザインという仕事に対する取り組み方を語ってもらった。後編からは、ガンダムやザクといったモビルスーツ(MS)誕生の経緯、ものづくりへの思いなどを語ってもらう。(構成=根津 禎)

 初代ガンダムの中でもっとも好きなメカは「ザク」です。あとは、ハロや「ムサイ」、「ホワイトベース」といったあたりです。これらはほぼ自分の思い通りに自由にデザインできたので、思い入れが強い。例えばザクは、ガンダムの監督である富野由悠季さんの「モノアイ(1つ目)」という条件以外は、自由でした。ザクのパイプなんて、弱点をさらしているようなものなので、現実の兵器として見れば、あり得ない(笑)。ですが、パイプを見せたことで子供が見る印象がガラリと変わるので、デザイン上、必要なものでした。

 一方で、ガンダムは私を含めた関係者“みんな”で作ったものという感覚が強く、ザクほど思い入れはありません(笑)。主役のメカだけに、関係者が多く、意見を集約するのが大変なのです。一方で、敵メカはそういったことが一切なかった。

インタビューに応じる大河原邦男氏(写真:加藤 康、以下同)
インタビューに応じる大河原邦男氏(写真:加藤 康、以下同)
[画像のクリックで拡大表示]

 ガンダムが誕生するまでのいきさつを簡単に述べますと、この作品は、「未来を予測した本格的なロボットものにする」という富野監督の意気込みから、私は宇宙服をモチーフとしたロボットを提案しました。しかし、玩具にした時のインパクトを考えた結果、「ザンボット」や「ダイターン」を踏襲したデザインに落ち着きました。当初、白1色という監督の要望もあったと聞いていますが、結局玩具にした時に子供が一番喜びそうな白色基調に、青色や黄色、赤色を配色することになりました。

 私のデザインをベースにして、安彦さんがキャラクター化してくれて、現在のガンダムになりました。ガンダムにはふくらはぎ部分がありますが、こういった部分がキャラクター化でこだわった部分です。

 敵メカは、ザクと「グフ」、「ドム」をデザインした段階から、富野監督のラフが次々と送られてくるようになったので、少々楽をさせて頂きました。ザクのデザインが決まった段階で、「連邦vs ジオン」というメカコンセプトはでき上がったと思っていました。それに、当時はガンダムを含めて4つ仕事(アニメ作品)を掛け持ちしていたので、時間がなかったということもあります(笑)。

 地球連邦軍は米軍、ジオン軍はドイツ軍を意識してデザインしました。これは当時、制作スタッフ全員と共有していたわけではなかった。後で聞くと、安彦良和さんも私と同じようなイメージを持っていたようです。初代ガンダムを制作した主要メンバーはほぼ同じ世代で、第2次世界大戦中か、あるいは終戦直後に生まれたことが影響しているのだと思います。

 安彦さんは私と同い年(1947年生まれ)ですし、富野さんは6歳上(1941年生まれ)で、まさに戦中に生まれました。ボトムズを一緒に作った高橋良輔さんは4歳上(1943年生まれ)です。なので、育った環境が似ていた彼らとは肌感覚で分かり合えました。