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慶應義塾大学大学院の前野隆司教授と、和える 代表取締役の矢島里佳さんによる対談の最終回。高い山の頂上を目指す登山型の経営ではなく、緩やかな丘を、鼻歌を歌いながら駆け巡るように経営していきたいと話す矢島さん。会社が20歳になったら後進の若い経営者に経営を託したいと考えている。その日に向けて、まずは「心からプチ隠居」をスタートする計画という。創業20年を迎えるとき、矢島さんは42歳。早過ぎる隠居の真意とは。
和えるの矢島さん(左)と、前野教授(写真:加藤 康)
和えるの矢島さん(左)と、前野教授(写真:加藤 康)

経営で「登山をしない」

前野 和えるの業績は好調のようですが、右肩上がりですか?

矢島 私は経営で「登山をしない」と決めています。山を登り切ったら、後は降りるしかないですよね。ですので、なるべく緩やかな丘を、できればちょっと鼻歌でも歌ってスキップして、「アルプスの少女ハイジ」や「サウンド・オブ・ミュージック」のようなイメージで駆け巡りながら、下がるときも上がるときも緩やかでありたいと。

前野 僕は「登らなければ」と思ってしまいます。上がれる世界じゃなくなったと思ってはいても、「幸福学をもっと広めなければ」と。昔風の自分が出ているんですかね。

矢島 実は、歌いながらスキップするのは結構、体力が必要です。しかも、高原にある丘は空気が薄い。優雅に見えて、実際はなかなかハードであるともいえます。

前野 でも、楽しそうです。

矢島 はい! やはり楽しくなければと思います。私はいつも会社で「白鳥であれ」と話しています。水面をスーッと美しく泳いでいるけれど、水面下ではものすごい勢いで水をかいている姿を想像してください。

前野 根性があるんですね。見た目は優雅そうに見えるけど。

矢島 根性というか、執着心はあると思います。目的をセットしたときに追い続ける力があるという感じです。

前野 矢島さんは自分のことをオタクだと言っていましたよね。エンジニアは何かに集中したら達成するまで徹底的に磨き上げるまでトライ・アンド・エラーを続けますが、僕もそれがとても好きなんですよ。

矢島 自分が感覚的、直感的に感じたことを分析して、仮説を立てて、検証・実証することが好きです。これは趣味のようなもので、常にこのプロセスを繰り返しています。ただ、良い結果が出ることよりも、仮説が合っていたことの方をうれしいと感じます。仮説が正しいから、結果的に実証で良い結果が出るだけなのです。

 みなさんから、結果について「良かったね」「おめでとう、がんばっているね」と声をかけていただくことがあります。それはそれでうれしくないわけではありませんが、私の一番うれしいポイントは、「仮説が合っていたね」と言われることです。

前野 実際に「結果を楽しむよりも過程を楽しむ方が幸せ」という研究結果があります。「何かの成果が出てもうけた、認められた」ということよりも、結果が出るまでの「よし、こうなったらいけるぞ。むふふ。確かに達成できるぞ!」というようなプロセスに感じる幸せの方が大きいといわれています。

矢島 それこそが山を登らない秘訣だと思います。結果が目的になると、結果を得られなかったら生きていけませんし、常に結果を出して、成長し続けなければならなくなるという…。

前野 それは、バブル時代の僕の世代の姿ですね。矢島さんの考え方は、幸福学でいわれている通りですよ。結果よりも経過を楽しんでいる人は、結果を目的にして「成長するんだ!」と考えている人よりも自然と成長する。そういうふうに世の中はできているんですよ。

矢島 そうなのですね! 自分がやっていることが学問的に実証されているというのを知って、また面白くなってしまいました。

前野 矢島さんは、研究者やエンジニアと同じ感覚を持っていますね。

矢島 和えるという会社は、壮大なるラボなのかもしれません。

前野 なるほど。矢島さんにとって、和えるを経営するゴールは何ですか。

矢島 和えるくんが、100歳、500歳、1000歳になったときも、その時代、時代の日本の伝統を次世代につなぐ子であり続けてほしい。そのための土台を作ることがゴールだと思っています。

 現在手掛けている事業や、これから始める事業が将来的にすべてなくなってもいいのです。なぜなら、和えるという会社は日本の伝統や先人の知恵と、今を生きる私たちの感性や感覚を“和える”企業なので。現在の事業は、今の感性や感覚で必要だと思っているだけ。私の次の経営者、さらにその次の経営者は今考えている事業分野にはこだわらず、その時代に合った方法で、その時代の声にならない声に耳を傾けて、伝統を次世代につなぐ存在であってほしい。これが将来、「和えるくん」のお父さん、お母さんになる経営者への私からの遺言だと思っています。