資金は協会がすべてサポート

なぜ、今のタイミングに導入を決めたのでしょうか。

太田 お恥ずかしい話ですが、当協会では2019年3月に日本代表チームのコーチが選手に平手打ちをするという事件が起こりました。この外国人コーチは元々英語がネイティブではなく、選手も英語がさほどうまくないという状況の中で、コミュニケーションにおいてフラストレーションが蓄積していったのが原因でした。

 ならば、通訳をつければいいという意見はありますが、それではお互いが成長しません。

 では、英語ができなくて何に困るのか。先ほどの例にあるように、日本代表チームには外国人コーチがたくさんいるのですが、コーチ達とコミュニケーションを密に取れません。そうなるとストレスもたまるし、コーチにいろんなことを聞けるチャンスを失ってしまいます。また、試合では審判とのコミュニケーションも取れません。英語ができないと、ルールの改訂へのいち早い対応もできません。

 最後はセカンドキャリアに関する理由です。引退後にコーチをやりたい選手は多いのですが、日本フェンシング協会には採用の枠がありません。しかし、今中国などアジア地域ではフェンシング人口が爆発的に増加しています。英語ができれば、そこでコーチの職に就ける可能性があるのです。

 このように我々は、職業の選択の自由を選手に提供していきます。これまで勝利至上主義で後手後手になっていた課題に対して、解決先を見出していきます。

これまで、協会では選手の英語力を強化するような取り組みはなかったのでしょうか。

太田 日本代表選手で構成される「アスリート委員会」の取り組みは一部ありました。しかし、これだと学びに対して意識が高い人は参加しますが、全員となると限界がありました。

 そこで最初はある程度強制的に勉強する機会を作るために、今回の制度を導入することにしました。選手たちの中には抵抗感を抱く人もいるでしょう。しかし、日本代表選手は練習をしていない時間も多く、意外にひまなんです。その時間に英語を勉強すれば後々に向けた武器になります。選考に採用するのは2021年以降なので、猶予期間も約2年あります。

 英語学習の資金は、協会がすべてサポートします。テスト費用はもちろん、週1~2回程度のオンラインでのレッスン代は協会が支払います。ものすごく優遇された制度だと思います。

 競技団体は通常、強い選手を輩出したいけれど、我々は強いだけでなく学ぶことも要求します。賛否両論があるとは思いますが、「Athlete Future First」をビジョンに掲げる競技団体として、選手に向き合う姿勢が大事だと考えています。

強いだけでは不十分

対象となる選手は何人ぐらいいるのでしょうか。

太田 対象は日本代表のトップ選手で約200名です。コーチングスタッフにも学ぶ機会を提供します。社会人になると英語を学ぶのにお金がかかりますが、その部分をサポートします。

今回の制度は、子供を持つ親に対しても影響力がありそうです。

太田 少子化が進む中で、子供にどんな習い事をさせようと選ぶ際に、このような事にしっかり取り組んでいる競技をやらせたいと親が思うのは自然です。たとえフェンシングが強くても、語学ができないだけで多くの機会損失があります。言語はコミュニケーションの手段なので、それを習得しているのとしていないのとでは大きな違いがあります。

 これから世の中で重宝されるアスリート像は、勝つのは当たり前で、その上で何を伝えたいのかをしっかり持っている人です。そのためにはフェンシングが強いだけではなく、コミュニケーション能力やリーダーシップを備えていることが求められると思います。