「カッコイイ」「カワイイ」「ヤバイ」をキーワードに、優れたプロダクトやデザインの力で、障害者や高齢者などマイノリティーとマジョリティーとの間にある“意識のバリア”を乗り越え、福祉のあり方を変える・・・。東京パラリンピックの開催を契機に社会の変革を目指す「超福祉展(正式名称:「2020年、渋谷。超福祉の日常を体験しよう展」:2018年11月7日(水)~13日(火)渋谷ヒカリエ他)が、今年も渋谷の街を盛り上げた。

 超福祉展に登場する技術、製品、ソリューションは、従来の福祉の枠にとどまらず、モノづくりの未来、これからの社会のあり方を考える多くの示唆にあふれている。その中からユニークなアイテムやソリューションをピックアップし、紹介する本連載。第5回は、エンタメ業界から参戦した、エイベックスの音声AR(Augmented Reality:拡張現実)「SARF」だ。エンタメがどうやって福祉を超えていくのだろうか。

音声AR「SARF」の利用イメージ(写真提供:エイベックス・エンタテインメント)
音声AR「SARF」の利用イメージ(写真提供:エイベックス・エンタテインメント)
[画像のクリックで拡大表示]

圧倒的な拡張がもたらす新世界

 エイベックスではミュージックビデオなどのエンタメコンテンツでいち早くVR(Virtual Reality:仮想現実)やARを積極的に取り入れてきた実績がある。その中で、特に音声ARに注力するようになったのは、音楽業界の会社として、音楽を聴いてもらう機会、チャンネルを増やしたいという思いがあったためだ。また、音楽をARと組み合わせることで、より豊かなエンタメを実現するという狙いもあった。

中前省吾氏。エイベックス・エンタテインメント クリエイティヴグループ ゼネラル・ディレクター
中前省吾氏。エイベックス・エンタテインメント クリエイティヴグループ ゼネラル・ディレクター

 「VRやARといえば視覚装置、視覚情報しかないと思われていますが、実は音声でも実現が可能です。むしろ視覚や手がフリーになるので、安全性が高く、多様なコンテンツを提供できる可能性があります。VRやARの本質は『没入感』であり、それは気持ちや心のありようだと思います。例えば小さいころ布団に潜り込んで宇宙船のコクピットに見立てたことだって立派なVR。今注目を集めているのは、没入感を促すための装置に過ぎません。そう考えたときに、音声ARを用いた拡張現実の可能性はものすごく広がっていきます」

 そう話すのは、エイベックス・エンタテインメントでゼネラル・ディレクターを務める中前省吾氏。同氏はクリエティブディレクターとして、さまざまなアーティストやブランドの映像、イベントの演出などを手がけてきた。

 音声ARは、位置、ユーザーの属性、行動など複合的な情報を適切に判断して、そこに適した音声情報を提供する。開発当初は、『街を歩いていると、そこに合わせた音楽を自動で配信する』というようなエンタメツールを想定していたが、「圧倒的な拡張は、ダイバーシティ(多様性)をインクルージョン(包含)するものである」と外部から指摘されたことをきっかけに、福祉を意識するようになったという。指摘したのは、立命館大学発のベンチャー企業・人機一体の金岡克弥社長。人機一体とエイベックスは資本提携もあり、ロボットによる身体拡張をエンタメ分野で利用する取り組みを進めている。

「極端な例でいえば、フィジカルに差がある男女でも、巨大ロボットに乗れば、その差はなくなり『違い=多様性』になる。圧倒的なARで現実を拡張できれば、ダイバーシティ・インクルージョンが実現するんじゃないか、社会に貢献できるんじゃないか。そう考えて、音声ARをエンタメだけではなく、社会に実装させて貢献する方法を模索するようになりました」(中前氏)

 SARFの具体的なサービスとしては、観光向けの情報配信、障害者や外国人などに向けた情報の提供などを検討しているという。例えば美術館のガイダンス音声をイメージすれば分かりやすいかもしれない。通常のガイダンスは、その場に行って操作しなければならないが、自動で、最適化された情報や音楽が流れてくるというのが、音声ARの姿だ。

 「今はまだインスパイアしている段階」と中前氏。時代を超えた古地図のようなインフォメーションも出せるかもしれないし、多言語チャンネルを用意してインバウンド対応を進めることもできる。いずれにしても位置情報がカギであり、今後どのように実装していくかが楽しみなところである。