オリンピックのスピリット

 オリンピックは正式名称を、夏季をオリンピアード競技大会(Games of the Olympiard)、冬季をオリンピック冬季競技会(Olympic Winter Games)といいます。

 古代オリンピックは、ギリシャのペロポネソス半島のオリンピアで行われていました。紀元前776年から紀元393年まで、1200年も続いたそうです。それ以前も、太陽暦と大陰暦のずれを修正するために、8月から9月にかけての満月になる日を中心に、4年ごとに農事に関する儀式が行われていたものが、競技を中心としたイベントに変わっていったといいます。

 紀元前776年に大会が始まったきっかけは、次のようなものだったそうです。当時のギリシャ付近では、都市国家同士が領土争いのため日々戦争を繰り広げていました。当事国のある王が、戦いを解決する方法として受けた神のお告げが、オリンピックを開くことだったのです。まさに戦争を休止する証として行われたものでした。バクサニアスの文献に、安全保障が約束された時の聖なる休戦を、エケケイリア(EXEXEIAIA)と呼んだと記されているそうで、この思想が、現代オリンピックの目的である「平和な社会の推進」として今日も受け継がれているのです。

 そのほかにも、重要なスピリットがあります。フェアプレーの精神です。ロシアによる組織的なドーピングが昨今世間を騒がせておりますが、ドーピングの語源は、紀元前から行われていた「ドープ」です。ドープとは狩猟のとき、眠気や動物への恐怖心をなくすために、木の根や、葉を食べたり煎じて飲んだりしていたことをいいました。

 19世紀末から、麻薬などを使ったアスリートのドーピングが横行するようになりました。ドーピングは競技能力を増幅させる可能性がある手段(薬物あるいは方法)を不正に使用することであり、 スポーツの基本的理念であるフェアプレーに反する行為です。 しかし驚くことに、このような不正行為は、古代オリンピックから既に多くみられたといいます。当時の主催者も、厳しい罰則や罰金などを科することによりドーピングの阻止を図り、スポーツにあるべきフェアなスピリットを守る努力をしていました。

 特に、試合相手の5人に賄賂を贈り、わざと負けさせたボクサーの事件では、当事者を罰するとともにゼウスの石碑が後世の戒めのために建てられ、台座には警告が刻まれ、今日に残されております。

 しかし後世の今、スポーツ界において八百長もドーピングも後を絶たず、人類の欲は古今東西普遍的であるのが証明されたようです。しかし、たとえ不正は消えずとも、フェアなスポーツ理念を守ろうとした古代人の知恵と努力があったように、人類が滅亡しない限り、現代人も未来も同じ努力を続けていくのだと思います。

 私自身、スポーツ好きではありますが、イベント自体には何も貢献できませんので、せめて本コラムで1964年の東京五輪から2020年へと続く、過去・現代・未来におけるテクノロジーの貢献と、フェアな精神とは何か?をテーマに筆を進めていきたいと考えております。