出遅れた水着の「定量」的規格

 ここ数年は、他のスポーツと同様に競泳も、科学技術の進歩とタイム短縮、そしてルール改正の、いわばいたちごっこの中で進化している状況です。そのいたちごっこを許してしまったのは、そもそもルールの重点が泳法や施設にしかなく、水着に関してのきちんとした数値設定が存在しなかったことではないか、と感じます。

* 水着以外の最新のルール改定の例として、2014に「コース」の名称を「レーン」に変更し、決勝は8レーンで行うようにしたこと、「混合リレー」を新設したことなどが挙げられます。

 水着が科学の力を借りて進化し、アスリートのタイムに反映された現実を受けて、上記のような水着に関するルール改定が行われたのですが、時既に遅し、でした。スポーツにおいて主となるべきものは、最初から最後までアスリートの競技能力であり、オリンピックは彼らの日々の努力と鍛錬の成果を4年ごとに披露する神聖な場です。決して高価な用具を手にした人が有利になったり、その用具を購入できない人が不利になってパフォーマンスの機会を失ったりすることがあってはいけないと思います。

 公平性とはどう定義されるべきものか、ルールはいかに選手たちを守れるのか。これはスポーツ界全体が考えるべき大きな課題のように思えます。2020年の東京オリンピックを迎えようとするアスリートにとっては、1日1日の鍛練の積み重ねこそが重要で、4年の準備期間などあっという間に過ぎてしまうことでしょう。その間の、フェアな精神に満ちたパフォーマンスと技術開発者の熱意が、公平性を損なうような結果になってしまわないよう、願って止みません。