アスリートの足の下にある革新

 たまたまインターネット上で、「人類はこれだけ速くなった…100m走の歴代の金メダリストを横並びで比較」というテーマの動画を見つけました。それによると「2012年ロンドン五輪のボルトの記録は9.63秒。その約100年前、1896年近代オリンピックの始まりであるアテネ五輪での記録は12秒。その4年後1900年に記録は11秒となり、1秒も更新されました。しかしそれからさらに1秒更新して10秒という記録が出るまでには、なんと84年もの年月がかかったそうです。

 そこからさらに28年経って0.361秒短縮され、ボルトの記録になったわけです。単純な比較動画は楽しいものでしたが、それを見ながら筆者は再び、技術が記録に影響する余地の少ない陸上競技の特殊性を感じました。例えば、もし現代の道具を昔のトップアスリートが使用したら、すぐ世界新を出せるでしょうか。本コラムの取材では、いつも最後に開発メーカーの方々にこの質問をしてきました。今回は、私見を述べてみようと思います。

 道具が変わると技術が変わる、そしてルールが変わるのが、スポーツの世界の常です。斬新な道具を使いこなすためには、メンタル面も含めてトレーニング方法も変わり、技術を習得するまで大変な時間を要します。

 陸上競技においてパフォーマンスに影響する道具と言えば、例えば短距離走ならスパイクです。ただもう一つ、アスリートの足の下のサーフェスもパフォーマンスに影響を与える道具と言えるかもしれません。1896年の記録は土の上を走ったことによるもので、現代のボルトが走るのはエンボスサーフェスの走路です。両者の走法は異なるし、それに伴ってトレーニング方法も異なり、脚への筋肉の付き方から、スパイクの特性まで変わっているでしょう。そのため、前出の質問に回答しようとしても、この動画のような単純に横並びの比較では、答えは出てきません。

 100年前の金メダリストに現在のスパイクを履かせ、現代のサーフェスの走路を走ってもらっても、当時の自己最高記録さえ出せないかもしれません。サーフェスが土の時代は、土が崩れないよう、地面を抑えて走る必要がありました。しかしタータンに変わると、そこで土と同じ走り方をしたら、足に大きな衝撃が生じて、疲れも取れなくなるでしょう。

 走法が変わるだけでなく、さまざまな条件が変わるわけですから、過去のトップアスリートが現代の道具にすぐに適応できるとは考えにくいです。カール・ルイスはチップ型ウレタン走路においてベストの走りができ、ボルトはエンボスサーフェスでの走りの最高峰であるから、世界新を更新できたのです。「たら」「れば」はナンセンスですが、過去のサーフェスで勝負したら、ボルトでも勝てないかもしれませんよね。

 そう考えると、陸上競技だけでなくスポーツにおいてはサーフェスの進化の影響こそ非常に大きいに違いありません。そこで、次回は「『サーフェス』をテクノロジーする」をお届けいたします。

■参考文献
1) 宇治橋貞幸, 「スポーツ工学講義資料」, 東京工業大学.
2) 大槻 敦巳, 大島 成通, 「棒高跳びポールの大たわみ変形挙動と跳躍特性の基礎的研究」, 『スポーツ産業学研究』, 第8巻第2号, pp.49-59, 1998年.
3) 木下 剛, 「棒高跳びの歴史」, 『卒業論文要旨集』, 早稲田大学スポーツ科学部, No.200, 2006年.
4) 田村 雄志, 「棒高跳における助走の実践的評価法に関する研究」, 『広島大学大学院総合科学研究科紀要.I 人間科学研究』, 第9巻, pp.63-65, 2014年.
5) 日本オリンピックアカデミー編, 「21世紀オリンピック豆事典―オリンピックを知ろう! 」, 楽, 2004年.
6) 山崎国昭, 「ファイバーグラス・ポールの棒高跳の特徴」, 中央学院大学論叢.一般教育関係, 第1巻第1号, pp.117-130, 1966年.