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”シャンプー”は修行

 いや、もしかするともっと複雑なのかもしれません。美容院では、シャンプーが下積み的、修行的な意味もあり、“シャンプーができずに一人前はあり得ない”という雰囲気があります。こうした美容院の慣習も、自動洗髪機の導入をとどまらせる一因となり得るでしょう。確かに、従来型と違い美容師さんの修行には重きを置かない効率重視型の美容院などでは、自動洗髪機はよく導入されているようです。

 ただし、私の行った美容院は効率重視型ではなく、名古屋市で一、二を争う人気の有名店です(たまたま近所なので行っているのですが、店内ではオサレ名古屋マダム&名古屋嬢しか見かけません!自分と母、兄を除く)。恐らく、代表の方が研究熱心というか、新し物好きなのでしょう。初めて自動洗髪機を見たとき、感化されたと思しき美容師さんが目をキラキラさせながら「これ、毛穴までキレイになるんです!」と紹介してくれたのが思い出されます。実は、前職でよく取材に伺っていた美容院も、自動洗髪機設置店でした。こちらも有名店なのはもちろん、教えていただくヘアケア方法が背景や理論からして明快なために、つい毎度取材に行ってしまうというような、研究熱心な美容院です。

 自動洗髪機は、効率重視型の美容院だけでなく、従来の修行構造を多少無視してでも、技術的に優れたものを取り入れたい“意識高い系”の美容院も、早い段階から歓迎していたのではないでしょうか。客の信頼を集める美容師さんも納得し、客観的に効果があると判断されているにも関わらず、客の「気持ちよさがない」という一言で進展を阻まれる自動洗髪機。人を相手にする限り、必ずどこかに“感覚”という理不尽にも思える評価が盛り込まれ、その影響が決して小さくないという難しさを改めて感じます。

 自分が誌面で提案した「3分予洗い」も然り。マイクロスコープで見ると、予洗い後とシャンプーすすぎ後で毛穴の汚れ落ちに違いはほぼ見られないのですが、実は「すっきり感」が違うのです。予洗いで汚れはほぼ落ちているのに、感覚的にはきれいになった気がなぜかしません。感覚は嘘なのか本当なのか。その感覚を生み出す原因は何なのか。この理不尽に思える“感覚”を紐解く技術も、人に対して動く機器を作り出す上で、必要なものなのかもしれません。