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 いよいよ2015年のノーベル物理学賞の発表が明日(2015年10月6日)に迫ってきた。2014年に日本出身の研究者3人が受賞したせいか、今年はあちこちのメディアで予想記事を目にする。どの記事もそれなりに説得力があって興味深いが、エレクトロニクスとその周辺の最新論文を追っている立場からすると、物足りなさを感じることが多い。これまでのエレクトロニクスや次世代エレクトロニクス――それはもはや電子回路の技術ではないかもしれないが――の研究で重要な進展や成果にあまり脚光が当たっていないと感じるのである。そこに光を当てられるとすれば、私のようなメディアの末席を汚している記者でも、ノーベル賞を予想する意味はあるのかもしれない。

 そうした立場から、次世代エレクトロニクスの確立を目指す分野で、2015年のノーベル物理学賞を受賞してもおかしくない研究成果をいくつか紹介する。これらの分野では、日本の研究者が受賞する可能性も十分にある。

マグノン(Magnon)流の発見と応用

 ノーベル物理学賞でよく指摘されるのが、同賞ではいくつかの分野を半ば周期的に取り上げて、分野間のバランスを図っているようにみえる点だ。実際、最近約20年間の受賞歴を見ると、素粒子物理は4~5年に1度、宇宙/天体物理も最短で4年に1度、光学関連が3~5年に1度の頻度で受賞対象になっている。物性物理は1~4年に1度と、ワイルドカード的な位置付けになっている。

 この順番からすると、今年最も可能性が高いのは、前回が2011年だった宇宙/天体物理となる。このためか、太陽系外惑星の発見などを受賞候補に挙げる予想記事がある。ニュートリノに質量があることが分かるきっかけとなった「ニュートリノ振動」も有力分野だ。ニュートリノ振動を発見した故・戸塚洋二氏の共同研究者である東京大学 宇宙線研究所 所長の梶田隆章氏が有力視されている。

 ただ、ここでは敢えてエレクトロニクスや次世代エレクトロニクスにひきつけた予想を試みる。宇宙/天体物理以外で可能性が高いのは、物性物理分野、または光学分野だ。2014年に受賞したGaNに基づく青色LEDの開発は、光学分野とも物性物理の応用分野とも見ることができる。光学分野とみると、2015年は物性物理の基礎的な分野の可能性が高まる。その中で本誌が最有力だと考えるのは、マグノン流の発見と応用である。

 マグノンとは、スピン波を量子化した準粒子で、その流れはマグノン流とも呼ばれる。

 スピン流という言葉があるが、これは電子に付随しているスピンの流れを指す。ただし、一般には電子自体が流れている場合も含んでしまう。マグノン流は、スピン流の電流がゼロの場合に相当する。これは、スタジアムの観客席によくみられる、ウェーブに例えられる。ウェーブでは、観客一人一人がその場で立ったり座ったりするだけで「波」が伝わっていく。同様に、電子が全く流れない絶縁体中でも、スピン波、つまりマグノン流は存在する。最近になって、マグノン流だけで、絶縁体に信号を通過させることが可能なことが分かってきた。

 これまで、電子が絶縁体を通過する“壁抜け”のような現象はトンネル効果と呼ばれていたが、マグノン流を用いると、トンネル効果よりはるかに長い距離の壁抜けが実現しうる。

 マグノン流の想定用途は、まだ可能性の段階だが、例えば、電圧ではなく磁界の印加でオン/オフするトランジスタや、熱から電流を発生させる極薄の熱電変換素子などだ。2015年になって光から電流を発生させる可能性も見えてきた。マグノン流を制御することで、従来のエレクトロニクス素子の損失を大幅に低減できる可能性も出てきている。

 この分野がノーベル物理学賞で取り上げられるとすれば、受賞候補者の筆頭は、スピン波を量子化してマグノンの存在を理論的に予言した一人であるFreeman John Dyson氏になるだろう。Dyson氏は現在91歳で、物理学の巨人の一人。数学と物理学の境界領域でさまざまな輝かしい成果を残してきた。ところが、複数分野でノーベル物理学賞の候補とされながら未だ無冠で、受賞の3人枠から漏れる「第4の男」と揶揄もされてきた。

 Dyson氏に続くのは、もしかすると日本の研究者かもしれない。東北大学 金属材料研究所の齊藤英治氏の研究室は、2000年代半ば以降、このスピン流やマグノン流の応用で世界が驚く成果を次々とあげている。特に、同研究室で現在、准教授の内田健一氏は、慶應義塾大学 理工学部生時の卒業研究で、温度差でスピン流を起動する「スピンゼーベック効果」を発見。その論文は2008年に学術誌「Nature」に掲載された。前述の光から電流を発生させる研究も内田氏が主導した。内田氏の最近の論文は、Wikipediaの「Magnon」のページでも引用されている。

近接場光/プラズモニクスの発見と応用

 2014年の青色LEDを光学分野とみなすと、2015年に光学分野が受賞する可能性は低くなる。ただし、光学分野でも物性物理との境界領域にある分野は受賞の可能性が残る。それが、(1)近接場光とプラズモニクス、(2)フォトニック結晶やメタマテリアルである。

 近接場光の発見は、波長より小さい寸法での電磁界の振る舞いに注目することで、それまで限界とされていた解像度の限界(回折限界)を超えることにつながった。この結果、超高解像度の近接場光学顕微鏡(NSOM)の開発、半導体製造時のフォトリソグラフィーの微細化などに絶大な貢献を果たした。

 近接場光が金属表面で用いられると、それはプラズモニクスと呼ばれる、光と電子の融合状態と関係してくる。これも最近、LEDや太陽電池の性能向上に不可欠の知見となっている。

 近接場光とプラズモニクスの基礎的な理論は1928年にまで遡る。応用例としてのNSOMは1972~1985年の間に多くの人が開発競争を繰り広げており、ノーベル賞受賞候補者を3人に絞るのは容易でない。有力なのは、1982年に最初のNSOMを開発した、当時米IBM社のスイス・チューリッヒ研究所に所属していたDieter Pohl氏だ。

 ただし、東京大学 教授の大津元一氏もNSOMの高性能化で重要な貢献をした一人として、2009年に応用物理で重要な貢献をした研究者に向けた「Julius Springer Prize for Applied Physics」を受賞している。1999年に中村修二氏が受賞した賞だ。

フォトニック結晶やメタマテリアルの開発

 フォトニック結晶とメタマテリアルはいずれも、周期構造を備えた人工材料で、電磁波を制御するという点で共通する。違いは、フォトニック結晶の周期が電磁波の波長と同程度であるのに対し、メタマテリアルは“周期”が電磁波の波長より小さい点だ。

 最近、フォトニック結晶はLEDの光取り出し効率を高める技術として非常に重要になってきた。メタマテリアルの実用化も最近、急激に進み始めた。例えば、米Kymeta社がシャープと共同で、平面タイプの衛星用アンテナを量産すると発表した。マイクロ波やミリ波のアンテナ製品に大きな変革をもたらしそうである。今後はさらに幅広い用途で実用化が進む可能性が高い。

 フォトニック結晶の原理発見は1887年に遡るが、3次元のフォトニック結晶の可能性を1987年に指摘したのは、現在はカナダUniversity of Toronto、Professorで当時は米Princeton Universityに在籍していたSajeev John氏と、米University of California、Berkeley校、ProfessorのEli Yablonovitch氏の二人である。Yablonovitch氏も、2001年にJulius Springer Prize for Applied Physicsを受賞している。

 3次元フォトニック結晶の高性能化では、京都大学 工学研究科 電子工学専攻 光量子電子工学分野 教授の野田進氏も重要な貢献をしている。特に、2013年のフォトニック結晶レーザーの開発では世界に先んじた。