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 餃子が好きな方は多いだろう。だが、餃子の皮はどんな「味」で、そこにはどんな価値があるのかと聞かれたらどう答えるだろう――。

 餃子といえば、やはり中身の具だろう。具こそ、「コア技術」だ。皮は「部品」や「デバイス」にすぎない。実は、筆者はずっとそう思っていた。しかし、食品関連のある展示会で伸和食品社長の山原茂光さんと出会ってから、皮に対する認識が大きく変わった。目立たない皮からも価値創造ができることに深く感銘した。このコラムで、餃子の皮をタイトルとして書くことになるとは、正直、全くの想定外のことといえる。

餃子の皮に関する思い出

 そもそも餃子の皮は、私にとっては特別なものだ。小学生の時から、家で水餃子を作る時は、両親を手伝って皮を手作りしていた。日本に住むようになった現在も、故郷の西安へ帰省したときには、必ず家族全員そろって楽しく餃子を作る。他の料理と違って、手作りの工程が複雑で時間がかかるが、皆で一緒に楽しく協力して作った餃子には、家族団らんの「味」が凝縮されている。

2016年の正月に故郷の中国・西安で作った餃子
2016年の正月に故郷の中国・西安で作った餃子
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 中国では、餃子の具はさまざまだ。どんな具にするか、いつも餃子を作る前の楽しみだ。手作りの皮については、作るのに時間がかかるが、食べるときににはせいぜいこの皮は厚いか薄いかといった程度の話しで、具を包む皮の存在と味は特に気にしていない。

 筆者は実は、本コラムの3回目の「焼きギョーザの『新規性』と『進歩性』」という記事で、日本に来た時、餃子の皮からのショックを受けたという話を紹介している。友人が私の手作り水餃子を食べて発した第一声は「皮が凄く美味しい」というもので、それから焼きギョーザは水餃子からの発明と気づいたという話だ。皮も餃子の美味しさを引き立てるものとそのとき理解したが、あくまでも皮は餃子の“部品”の一つという考えは変わらなかった。焼き餃子の皮が薄くて、ぱりぱりの食感を引き出せれば、他には特別なものはないのではないかとずっと思っていた。だが、実際には皮の価値はそれほど単純なものではなかったようだ。