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時間軸で給与を決めること自体がナンセンス

 いま、あらゆるところで人材不足と言われている。少子高齢化社会において、それは当たり前に分かっていたことなのに、今さら、そう言うのである。

 ベテランが定年退職して技術伝承をどうするか、あるいは、パートタイム勤務やアルバイト勤務の人を不当に扱うブラック企業が慌てて正規雇用を謳っているが、これも今さらの話である。

 それは、往時において、最善の経営戦略だったのかもしれない。

 いくら素晴らしい技術者でも、そのまま会社に居られたらたまらない。年功賃金では、給料が天井知らずになってしまうのだ。また、パートやアルバイトも同じこと。単純な仕事を誰でもできるような仕組みにしたのだから、そこに年功賃金制を導入したら大変だ。だから、短期でグルグル回して、いつも新人を採用しているのである。

 しかし、定年制も短期雇用をグルグル回すのも、よく考えれば、グルグル回すスパンが定年までか、数カ月か数十年かの違いだけで、賃金が年功でなければ、等しく昇給させる必要は無い。実は、年功序列制度と言うのは、就労人口が増え続けることが前提で、少子高齢化という社会を想定(するのが当たり前なのに)していなかっただけのことである。

 こうしてみると、時間軸で給与を決めること自体がナンセンスということなのだ。せっかくベテランになったのに定年だからと退職させるのも、これ以上勤めてもらうと正規雇用にしなければいけないので一旦退職してくれと言うのも、結局は、給与を上げなければいけないというジレンマを回避するだけのこと。それ自体に意味がないのである。

 だから、これからは完全な能功序列にするとよい。

 能功とは、能力を手柄とする極めてシンプルな、能力だけを評価する制度である。会社にどれくらいの時間勤めたか、そんなことはどうでもよい。大事なことは、どのくらいの能力を会社のために注いで貢献したかである。その評価で給与を決め、序列や職位を定めるのである。

 芸能界を見れば分かる。売れない芸人はそれだけのことだが、売れる芸人はあれよあれよと給料は上がり、楽屋部屋や出番の待遇もサッサと変わるのである。

 しかし、売れなくなった途端にドサ回り。地方を回りながら捲土重来を誓うのである。別に、芸能界のように売れてナンボに徹しようと言うのではない。ただ、その人の能力だけを評価し、その能力に応じた待遇をしようと言うのである。

 若くてもすごい人はいるし、歳をとっても衰えない人もいる。その、時間軸のところを全く勘案しないのが、能功序列制度なのだ。