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「実は最初の3カ月は1台も売れなかった」

売り言葉に買い言葉。ケンカ上等の田村さんは、言い出しっ屁ということもあり、95年にセールスマンとして販売店へ赴くことと相成った。出向先は日産プリンス神奈川瀬谷営業所(当時)。化学専攻のエンジニアが、カタログ片手に、スーツを着て革靴を履いて、「こんにちは。日産プリンスの田村です」と戸別訪問を始めたのだ。

:その頃は年間に50台売ったらトップセールスと呼ばれる時代でね。

F:年間50台ということは、ほぼ週1台のペースですね。クルマってそんなには売れないですよね。

:その通り。週イチのペースだと月に4、5台売れて、均すと年間50台。でも実際はそんなに売れるものじゃない。当時のプロパーの平均が月に3台ぐらい。年間30台から40台を切るくらい。

ADフジノ:前に、当連載の記事をベースにまとめた書籍『英語だけではダメなのよ。』の取材で日本で一番売る日産のセールスの人を取材に行ったじゃないですか。

F:行った行った。千葉の漁港の面白いお父さん。あの人は年間に200台売るという話だったよね。凄いな。プロパー平均の4倍以上。

:ちなみにこの田村は初年度100台。2年目には140台売った。

F:ま、マジすかそれ?140台。セールス経験の無いド素人が……。

:啖呵を切って出ていったんだし、売るしかないじゃない。やっぱり俺が売る限りはアタマ取らないとさ。

はい、「アタマ取る」が入りました。

:この数字は当然プリンス神奈川の営業プロパーの中でも3本の指に入るものだった。記録的な数字を出さないとインパクトがないからね。だから一生懸命。本当に一生懸命売った。

F:一生懸命やったって、クルマなんてそう簡単に売れるものじゃないですよね。それに他の営業の人だって、みなさんそれなりに一生懸命やっておられるのだろうし。

:でもその初年度の100台というのも、実は最初の3カ月は1台も売れなかった。

F:ええ!1台も。完全にボウズですか。

:ボウズもボウズ、丸ボウズ。最初は営業所の先輩方の言う通りに、夜、訪問して、コンコン。「日産プリンス営業所の田村です」って。

F:アポなしの戸別訪問ですか。

:昔のセールスはみんなそう。95年当時はそういう時代だったから。最初は言われた通りにまずやるわけじゃない。フェルさんは俺が方々でケンカばかりしていると思っているかも知れないけれど、実は俺、まずは素直に1回はやるわけ。言われた通り素直にやるわけよ。

F:はぁ、そうなんすか。

:信じてないな(笑)。ともかく自分独自のやり方を確立できればいいけれど、それができるまでは、人の真似をするしか無い。だから言われた通り全部やったけど、1台も売れない。完全に丸ボウズ。