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部分最適に陥る理由

──工場全体を見るマネジメントがうまくできないとどうなるのでしょうか。

古谷氏:部分最適になってしまうのです。工場長を含めて生産マネージャーのポジションに就いても、多くが自分の出身部門の仕事の進め方や考え方に傾く傾向があります。例えば、製造部門出身者であれば、製造分野で実践する方法や考え方で成果を挙げ、それが評価されて生産マネージャーに昇格したわけです。従って、新たなポジションを得ても、成功体験のある方法や考え方に頼ってしまう。ところが、それらはあくまでも製造部門の範囲内における最適。工場全体のマネジメントの視点から見ると、必ずしも(全体)最適とは言えません。

──部分最適の弊害というわけですね。ただ、各部門がそれぞれ最適な方法や考え方を貫けば、工場全体で見ると最適なものになるということは考えられないのでしょうか。スポーツでも、チームワークが重要なのは当然として、結局は「個の力」が高い選手が多いチームの方が強い傾向がある気がします。

古谷氏:部分最適の弊害を事例で説明しましょう。最近、日本企業で増えている「在庫の事例」です。工場としてはとにかく稼働率を最大限に高めたい。工場の操業を担う製造部門はそう考えるでしょう。ところが、顧客からの要望は日々ころころ変わる。すると、それに応じて生産計画が変化します。

 しかし、こうした生産計画の変化に製造部門が逐一反応するのは大変です。そのため、生産計画がどのように変わっても対応できるように、使用する可能性がある材料や部品、中間仕掛品を多めに持っておこうと、製造部門は考えます。つまり、在庫を抱えることで生産計画の変動がもたらす負担を緩和しようとするのです。

 こうして顧客の要望に対応しつつ、稼働率の低下を防ぐ。工場の操業という視点だけで考えれば、間違った判断ではありませんよね?

 ところが、別の視点、例えば調達の視点から見るとどうでしょうか。これでは、調達部門が必要以上に「物」を買わなければなりません。すると、物や中間仕掛品を置いておく場所が要るし、管理工数も増えます。つまり、余計な資金流出が増え、経営的にマイナスのインパクトを与えてしまうのです。

 製造課長から昇格した工場長が、製造課長だった時の視点で操業面だけを考えて最適化を行う。これにより、稼働率は高くなって満足していた。ところが、経営指標は悪化して「なぜだ?!」と慌てるというのが、日本企業でよくあるケースです。調達や生産管理の工数が増えて資金需要が発生していることが見えないからです。

 製造課長出身者だけの問題ではありません。例えば、調達課長から昇格した工場長の場合、調達費用を削減するため、量産効果を狙って物を安く購入しようとします。すると、確かに1個当たりの費用は安くなりますが、全体の調達費用は高くなって、やはり経営指標に影響するという具合です。いずれにせよ、工場全体を見たマネジメントの実務と要点を身に付けていないため、出身部門の方法や考え方に縛られて全体最適を図ることが難しくなっているのです。

 先ほどの「個の力」とスポーツの例えで言えば、いくら制球に優れた投手がいるチームでも、その投手が、試合の流れを見ずに監督や捕手、野手との連携が取れないまま独りよがりな投球をしているようではダメだ、ということと同じです。