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 前回までは主に感覚器、つまり脳に対する入力を扱いましたが、今回は脳から体に向かう出力を扱います。具体的には、大脳皮質の中でも運動野と呼ばれる部位を再現する方法について説明します。

 現在、世の中にはさまざまな生物を模したロボットがあり、人型ロボットも珍しくなくなりました。ところが、それらの動きを見ていると、どうしても「ロボットっぽい」と感じてしまいます。これには、実際の動作を生み出すアクチュエータだけでなく、アクチュエータを制御するソフトウエア側の問題もあります。生物とは異なる制御方法を使っているので、必然的に生き物のような動きにはならないわけです。

特徴的な動きに反応

 そもそも、一次運動野のコラム(同様な振る舞いをする神経細胞が集まった構造)がそれぞれどんなことを担当しているのかについては、まだ統一見解がありません。ただし、他の領野同様に、各コラムはある特徴的な出力のときにだけ反応することは分かっています。例えば、下記のような知見があります。

  • 筋肉をどれくらい伸縮させるのかと、関節をどれくらいの角度にするのかは、別々のニューロンが担当している1)
  • 各ニューロンは一対一でどこかの筋肉を制御しているわけではなく、あるニューロンは特定の複数の筋肉を制御している2)
  • ニューロンの活動の活発さは実際に発揮される力の大きさに比例する3、4)

 一次運動野の働きの解明は、何らかの障害で体を動かせない人に、コンピューター経由で身体能力を取り戻させようとするBCI(Brain Computer Interface)の開発に非常に重要です。このため、運動野の活動がどのように運動に反映されるのかは活発に研究されています。

運動制御のモデル

 人の動作を再現するには、数々の複雑な問題を解決する必要があります。例えば、机の上のコップを手に取る運動を考えてみましょう。目標(コップ)に手を届かせるためには、まず目標の座標を特定しなければなりません。これには(ほぼ)唯一の正解があります。しかし、そこまでに、どのような軌跡で手を動かせば良いのかは無数の答えがあります。どの筋肉を、どのタイミングで、どれくらいの力で収縮させるかはいくらでもパターンが考えられます。 ところが、人は誰でもほとんど同じような軌道で手を動かします。大雑把に言えば、「なめらかに」動きます。このため、人の運動制御には何らかの基準があって、その基準に従って軌道を決めていると考えられます。

 実際、人が手を動かしているときに外力が加わった場合、まずはもともとの軌道に戻ってからまた手を伸ばすような動きが見られます。このことも、「理想の軌道」があってそれに沿って動いているという説を支持しています注1)

注1)実際に人の動きを再現するためには、ここで取り上げた以外にもさまざまな問題があります。まず、目で見た情報からどこに手を伸ばせば良いのかを計算する必要があります(逆モデル)。ところが、視覚情報は2次元で実際の世界は3次元のため、厳密な解を得ることはできません。このような問題を不良設定(ill-posed)問題と呼びます。また、コップを正しく手に取るには、手を伸ばしただけではダメで、適切に手首をひねる必要があります。ほとんど無意識に行う動作ですが、このような手首のひねりが適切にできなくなる障害があるため、脳の中では比較的複雑な処理をしていると考えられています。