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2.5 量子コンピュータの現状

 本稿を執筆している2017年春の時点で、量子コンピュータをめぐる状況は大きく動いている(14)。現時点で、量子コンピュータのハードウェアとして最も進んでいるのは超伝導量子ビットである。主な研究拠点は、米国ではUCSB/Google、IBM、Yale 大、Rigetti、欧州ではオランダのDelft 工科大、日本では東大/理研/NECなどである。

 最近ではIBM が2017年3月に、産業界初の万能量子計算システムIBM Q の商用化を目指すと発表し、2~3 年以内に50-qubit を目標にすることを明らかにした。IBM は、既に5-qubit の超伝導量子コンピュータをクラウド経由で公開していたが、5月には16-qubit に更新した。Googleは、後で述べるD-Waveから512-qubit のマシンを買っていたが、その後2014年の秋にUCSB のMartinisグループを自前の量子コンピュータを作るために雇った(14)。Google は今年中に50-qubit の超伝導量子コンピュータを作って、スーパコンピュータに対する量子優越性(15)を達成する計画のようである(14)。このように、現在、超伝導量子コンピュータのトップグループは50-qubit(注1)を目指してしのぎを削っている。

 C. Rigetti は、Yale 大で7年、IBMで3 年超伝導量子ビットの研究に携わった後、2013年に独立して起業し、既に70億円の投資を集めた。量子コンピュータへの投資という点で、先鞭をつけたのはD-Waveであり、1,000万円の出資金で1999年に起業し、総額180億円の投資を集めた。量子コンピュータの開発には、途方もないリソースとエフォートが必要だが、その中には大きなブレークスルーをもたらす天才的なアイデアが必要な部分と、人海戦術で膨大なリソースを投入すれば解決できる部分があり、ばく大な投資が集められれば後者は確実に加速し、前者の天才的人材も集められるかもしれない。しかし、超伝導量子ビットをここまで育て上げたのは、地道な基礎研究であった。

 1999年に世界で初めて超伝導量子ビットを実現したのは、NEC 基礎研究所の中村、Tsai らであり、CooperPair Boxの電荷の状態を量子ビットとしたものであった(16)が、コヒーレンス時間は1 ns しかなかった。超伝導では、電荷のほかに、磁束、位相などの状態を量子ビットとして用いることができ、回路や材料の改良とともに、コヒーレンス時間の大幅な改善がなされてきた(17)、(18)

 現時点で最もコヒーレンス時間が長いのは2007年にYale 大が考案したトランズモン(transmon)型(19)であり、当時1 μs を実現した。これは、CooperPair Box を大きな静電容量でシャントして非線形振動子にしたもので、下から二つの準位を量子ビットとして用いる。電荷エネルギーよりもジョセフソンエネルギーの方が支配的で、電荷揺らぎの影響を受け難いため、非常に長いコヒーレンス時間を示す。その後もトランズモン型量子ビットは改良され続けて、コヒーレンス時間は100 μs まで伸びている(20)

 現在、主要グループの超伝導量子ビットはほとんどトランズモン型である(図1)。量子演算の精度も向上し、2014年に表面符号による誤り耐性しきい値(13)以下の誤差が達成された(21)。表面符号を意識した二次元の実験(20)や一次元の9-qubit 実験(22)も行われている。誤り耐性を確保するには多数の量子ビットを二次元的に配列し、最近接qubit 間の量子演算で表面符号を実装する必要があるが、当面は50-qubit 程度までの実装が目標であろう。中国も超伝導量子ビットで急速に実力を付けてきており、最近10-qubitのエンタングルメントを報告している(23)

<center>(a)IBMの4-qubit<sup>(20)</sup></center>
(a)IBMの4-qubit(20)
<center>(b)IBMの8-qubit<sup>(20)</sup></center>
(b)IBMの8-qubit(20)
<center>(c)UCSBの9-qubit<sup>(22)</sup></center>
(c)UCSBの9-qubit(22)
図1 トランズモン型超伝導量子ビットの集積回路