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ほとんどの部品を自社で内製

 日本精機宝石工業は、縫い針のメーカーとして創業した。本社のある兵庫県新温泉町は、昔は浜坂という町名で、江戸の終わりぐらいに縫い針の一大産地として栄えていた。主な仕向地は、高級絹織物で有名な京都の西陣。当時、この地域に住んでいた人の8割程度が縫い針の産業に関わっていたという。

 その後、蓄音機の針を手掛けるようになり、1966年にレコード針の製造を始めた。実は、縫い針と蓄音機の針はよく似ているのだが、それらとレコード針は全くといっていいほど違うものだ。そのため、最初は本当に苦労したようだ。

 伝え聞いたところによれば、市場でありとあらゆるレコード針を買ってきて、それを分解し、同じものをつくるというのがレコード針事業の出発点になっている。構造や材料を調べて、「多分こうやってつくるのだろう」と手探りで進めるしかなかった。

 アナログレコードの最盛期はそれで良かったが、CDの登場で風向きが一気に変わった。レコードもプレーヤーも、そしてレコード針も需要が減っていくのは明らかだった。それでもレコード針の製造を続けたのは、もちろん需要がある限り応えていきたいという気持ちもあったが、それまでの投資も頭をよぎったし、何よりも“つくれてしまう”ということが大きかったのではないか。

 レコード針はレコードと直接接触する針のほかに、針を保持する「カンチレバー」や、クッションの役割を果たす「ダンパー」など、たくさんの部品から成る。日本精機宝石工業では、ほとんどの部品を自社で内製している。針の加工はもちろんのこと、ダンパーなどのゴム部品も、ケースなどの樹脂部品も、専用の設備で一つひとつ製造している。さすがに、針先に使うダイヤモンドなどの材料については購入しているが、ほとんどの部品を内製していることは競合他社にない特徴だと自負している。

レコード針の樹脂製ケースの見本。純正品の色など細部も再現するようにしている
レコード針の樹脂製ケースの見本。純正品の色など細部も再現するようにしている(写真:松田 弘)
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