2018年10月、日本で新しいスポーツのリーグが開幕する。卓球の「Tリーグ」だ。近年、10代で世界トップクラスの実力を持つ選手が複数登場するなどして国内でも人気が高まっている卓球だが、プロを頂点とするリーグを成功に導けるのか・・・。7月25~27日に東京ビッグサイトで開催された、日本最大級のスポーツ・健康産業の総合展示会 「SPORTEC2018」では、「新たな新リーグ Tリーグ始動!日本卓球界の発展と強化」と題した講演が開催され、一般社団法人Tリーグ代表理事で株式会社VICTAS取締役会長の松下浩二氏が登壇した。同氏はTリーグ設立の背景・目的や今後の展望について話した。

一般社団法人Tリーグ代表理事/株式会社VICTAS取締役会長の松下浩二氏
一般社団法人Tリーグ代表理事/株式会社VICTAS取締役会長の松下浩二氏
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“卓球日本”から低迷時代に

 日本の卓球競技者人口は、福原愛選手の登場をきっかけに、この15~16年間、一度も減ることはなく増え続けている。世界的に見ると卓球の競技人口は3億人以上。サポーター数も8億5000万人を誇るという。ITTF (国際卓球連盟)への加盟国数は226カ国と、国際バレーボール連盟の222カ国、国際サッカー連盟211カ国に勝り、全スポーツ国際組織の加盟協会数で世界一となっている。

 松下氏は「卓球は10代でも世界を獲れる可能性があるスポーツで、現に10代の活躍が非常に目立ちます。ポテンシャルの高い選手が今後も次々出てくるのではないかと、私たち卓球関係者も期待しています」と語る。

 今でこそ、多くの若手選手の活躍が目立つが、成績が低迷していた時期もある。日本選手は1952年から世界選手権に出場していて、1950年代から70年代後半までは“卓球日本”と呼ばれるほどの強さを誇った。男子団体は5連覇を含む7回優勝、女子団体は4連覇を含む8回優勝。シングルスも男子9回、女子7回の優勝を誇る。しかし、1980年代前半から2000年代まではメダルの取れない時期が続いた。その理由を松下氏は次のように話す。

 「1988年のソウルオリンピックから卓球は正式種目になり、それを機に各国が力を入れ始め、24時間365日、卓球ができるような環境が作られていきました。一方の日本では1977年に日本実業団リーグが発足され、学生選手の受け皿は多くなったものの、練習は終業後となるため、1日3~4時間程度が目一杯。一方、他国の選手は平均6~8時間、多い選手では10時間ほど練習していて、練習量の差から追いつかれ・追い越されていきました」

日本復活、3つの理由

 2016年のリオデジャネイロ五輪を機に、日本卓球は返り咲く。男子団体が銀メダル、男子シングルスでは水谷隼選手が銅メダル、女子団体は銅メダルを獲得した。そして松下氏が「卓球関係者に衝撃を与えた」と話すのが、2017年アジア選手権での平野美宇選手の優勝だ。

 当時世界ランキングで1~3位の選手に対し、平野選手は立て続けに勝利した。同じく2017年4月に行われた世界選手権では、中国選手と韓国選手の混合チームだったとはいえ、吉村・石川組の混合ダブルス優勝をはじめ、好成績が目立った。

 松下氏が「日本選手は今、非常に層が厚い」と言うように、男子は6名、女子は9名が世界ランキング30位以内に入っている。この日本卓球復活の裏側には、3つの理由があるという。

 第1に、2001年にナショナルチームが発足されたこと。合宿を行うなど10代の選手を中心に、早い選手なら6~7歳から強化を図った。第2は、男子選手のドイツ派遣だ。2002年からポテンシャルのある選手をドイツに住まわせ、プロクラブで練習に打ち込ませた。

 「派遣したのはただのプロクラブではなく、ヨーロッパ中からトップレベルの強い選手が集まる拠点となるようなクラブです。2期生として水谷隼選手が14歳でドイツに渡り、毎日トップクラスの選手と練習してきました。その結果、17歳という史上最年少で全日本チャンピオンとなり、最終的にはリオ五輪でメダルを獲得するほどの選手になった。1期生の岸川聖也選手も連続してメダルの獲得など好成績を残し、ドイツ派遣の成果が現れたのではないかと思います」(松下氏)

 第3は、福原愛選手の影響が考えられるという。福原選手の活躍により、女子は3~5歳で卓球を始める選手が増加した。

 「福原選手は2004年にアテネ五輪に出場しましたが、その時に3~4歳だったのが平野美宇・伊藤美誠・早田ひな選手です。今のクラブもそうですが、3歳から受け入れてくれるクラブは、ほとんどありません。そのため、最初からクラブで育ったのではなく、はじめは自宅でお母さんに卓球を教えてもらっていたという共通点もあります」

 さらに「女子が強くなったのには、大阪のミキハウススポーツクラブの影響も大きい」と、松下氏は続ける。

 「ミキハウス卓球部が立ち上がり、中学・高校と一貫した指導が日本で初めて取り入れられました。福原愛選手は小学生の頃に仙台から大阪に移住し、毎日のように日本実業団選手や中国人選手と練習をしてきました。オリンピックで活躍する選手はOGを含め、ミキハウス出身の選手が非常に多い。男子はドイツ、女子はミキハウスと場所は違いますが、若い選手が強い選手と一緒に練習ができるような環境が、競技力を上げる共通点ではないかと思います」(同氏)