利便性が高まれば満足度が上がるわけではない
スタジアム・アリーナで稼ぐためには、「街のシンボル」として地域から支持される必要がある。だが、現在の日本のスタジアムやアリーナは税金を投入して造られたものが主流であるため、利便性や観戦環境が整っているとは言い難いものが多い。
そうした課題を解決するため、近年では最新のIT(情報技術)を活用した「スマートスタジアム」への注目度が高まっているが、利便性が向上すれば観客の満足度が向上するわけではない。そう話すのはスポーツファシリティ研究所の上林功氏だ。
「以前、『座席配置と観戦行動の関係』というテーマで論文を書いたのですが、執筆の際、スポーツにおいてはどのような要因が観客の満足度を向上させ、リピーターにつながるかということを調査しました。すると、試合の勝敗や、アスリートがどれだけ素晴らしいプレーをしたかという回答が圧倒的で、イスの良し悪しなどはほとんど関係ありませんでした。ファシリティーを造る側としては悲しい結果でしたが(笑)、確かに観客は、イスがいいから、電光掲示板が最新だからといった理由でスタジアムやアリーナに来ているわけではありませんからね」(上林氏)
「東京大学名誉教授の建築家である香山壽夫先生は、“うちの嫁さんはいい嫁さんだけど、目がきれいだから、鼻の形がいいからという理由で結婚したわけではない。全部を組み合わせてすごくいい人だと思ったから結婚したんだ”という言い方をしています。とても面白い表現で、これはスポーツファシリティーにも通じているのではないかと思っています。いいイスがある、最先端の電光掲示板がある、熱狂的なファンがいて、そして素晴らしいプレーを見られる。こういったすべてが合わさって、観客の満足度が向上するのではないかと思います」(同氏)
観客がスタジアム・アリーナの何に価値を感じているかということは、単純なアンケートでは見えにくい。より正確なデータを大量に取得するためにこそテクノロジーの活用が必要になってくる。スタジアムを起点にファンの満足度を向上し、リピーターを獲得していくためには、単純にテクノロジーを活用すればいいわけではなく、多面的な視点で取り組むことが大切になってくるといえるだろう。
スタジアムの多機能化はシンボルへとつながるのか
近年、欧米ではスタジアム・アリーナの多機能化が進んでいる。その方向性は主に2つある。1つはショッピングセンターやホテルなどの消費者向け施設を併設する「複合化」と、スタジアムで展示会を開いたり会議室を企業に貸し出すなどのビジネス拠点として利用するものだ。SAPジャパンの濱本秋紀氏から、この2つはどちらの方が街のシンボルたり得るのかという問いが投げかけられ、街づくりプランナーの桜井雄一朗氏は次のように回答した。
「どちらの活用方法も正しいと思います。ただ、スタジアム単体で運営をしようと思っても成立しないでしょう。例えば商業施設を併設したら、最初の数年間はお客さんが来るかもしれませんが、商業施設を運営する主体は誰なのか、その運営はスタジアムの利益にもつながっているのかということをしっかり見なくてはなりません。両者を運営することで相乗効果が生み出せるような仕組みをつくることが大事になります」(桜井氏)