思考の可視化で知をパッケージング化
LIGHTzが手がけるAIは「Expertized(熟達者)AI」と呼ばれるものだ。このAIは熟達者の思考をAIに取り入れ、“汎知化(はんちか)”する、つまり人の知をパッケージング化する。一流のアスリートや職人がどのような思考をたどってプレーをするか、ものづくりに取り組むかを可視化し、それによって熟達者たちの知を後世に伝えていくことを目指している。
一般的なAIとは異なるアプローチで元になる情報を収集しているため、その作り方も独特だ。乙部氏は次のように説明する。
「一般的なAIは、統計処理や数学的なアルゴリズムを組み合わせて、人間の知能のように動くものとして作り上げていきます。しかし私たちの場合、熟達者にヒアリングを行い、繰り出される言語をAIの中に入れ込んで思考を人工化するというアプローチをとっています。他のAIとは違って、人を起点にして作り上げているのです」
ヒアリングで出てきた言葉を収集・解析し、それを「ブレインモデル」と呼ばれる図に落とし込む。そうすることで、ある結果にたどり着くまでに熟達者がどのようなことを考え、どのような基準に則って判断をしているのか、その思考回路が分かるようになるのだという。
「ブレインモデルは、思考の構造を示す言語のネットワークです。2016年のSAJでは、バレーボールの元日本代表選手である杉山祥子さんにご協力頂き、彼女がブロード(平行移動)攻撃する際の思考回路を作りました。緑の円が動作を、赤が思考を、ピンクが判断を表しています。最終的なスパイクのコースを判断するために、同時にこれだけの思考や判断、動作をしていかなくてはならないのです。
こうしたことを、ヒアリングを通して抽出していくわけですが、その際、“私にもわかるように説明してください”、“ロジカルに説明してください”ということは言いません。あくまでも、あることに関係しているものは何か、ということだけを聞いていきます」
人間を成長させるためのAI
熟達者の知をパッケージング化したAIは、次世代のアスリートに対して気づきを与え、学びを醸成する効果があると、乙部氏は話す。
「我々は、茨城県にある全寮制の女子中学サッカーアカデミー・小美玉フットボールアカデミーと提携してAIの開発をしているのですが、選手たちにどのようなAIが欲しいかと聞いたところ、“澤穂希さんのAIが欲しい”と言われました。澤穂希さんのAIからアドバイスをもらったり、自分のプレーの直すべき部分を教えてもらったり、サッカーノートを書く手伝いをしてもらいたいというのです。
そこで我々は、彼女たちの要望をヒントに“質問に大人の回答をするAI”を作りました。例えば “ドリブルのバリエーションを教えてほしい”という質問を投げかけると、AIは“フェイントは相手を抜くための動作ではなく、相手の守備意識を確認するための手段と考えたことはありますか?”、“ドリブルは横の変化だけではなく、スピードの変化も大切。そういうことは意識したことがある?”というように、質問に対してダイレクトに答えず、逆に質問で返します。単純に回答をするのではなく、彼女たちに気づきを与えるのです。
熟達者の方々は、こちらからの質問に対して、その質問をおうむ返しで返して来ることがよくあります。おうむ返しをすることで新たな視座を与え、相手の成長曲線を加味しながらアドバイスをすることにつながるんです」
目の前の壁を乗り越えるだけであれば、シンプルに答えだけを教えればよいだろう。しかし、それでは人間の成長の幅を狭めることにもなってしまう。人間に考える余地を与えることで、人間を成長させる。それが、この熟達者AIの役割であるのだ。