具体的な目標設定でトレーニング効果を向上

他にはどのような取り組みをしているのでしょうか。

神武 スポーツラボとランニングデザイン・ラボの連携という意味では、(1)目標設定・実施・自己評価のマネジメントプロセスの導入、(2)コンディション管理の考え方とプロセスの導入、(3)GNSSデータを用いたリアルタイムパフォーマンスの確認、という3つのことに取り組んでいます。

 1つめのマネジメントプロセスについてですが、慶應箱根駅伝プロジェクト発足当時、リアリティを持って箱根を⽬指している選⼿ばかりではありませんでした。つまり、箱根駅伝で勝つというゴールを設定し、そこへの到達を視野に入れて毎⽇練習するというプロセスがあったわけではないんです。チームとしてそれをゴールにしていなかったところから、プロジェクトが発足して明確なゴールが設定されたのが2017年4月でした。その頃、私もある方を通じて慶應箱根駅伝プロジェクトが発足するということと、コーチ就任予定であった保科さんを紹介頂き、その取り組みに協力してもらえないかという話を頂きました。そのやりとりの中で、チームとして、また個⼈として⽬標設定をし、定期的に実施結果などをレビューをすることで⾏動につなげていくという取り組みを導入することを保科さんに提案しました。

 企業では当たり前のところもありますが、そのようなことに慣れているわけではない学生の場合、目標や計画を立てようとしても漠然としたものになってしまうことがあります。しかし目標は、客観的に見て達成しているかどうかを判断できる指標でないと意味がありません。そこでより具体的な目標を設定し、そこに向けてトレーニングの計画を立て、その結果がどうなったのか、選手が自己評価をした上で保科さんからのコメントを得て、次につなげていく。こういったPDCAサイクルを導入しました。

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 教授の神武直彦氏。慶應義塾大学大学院理工学研究科修了後、宇宙開発事業団入社。H-IIAロケットの研究開発と打ち上げ、人工衛星および宇宙ステーションに関する国際連携プロジェクトに従事。2009年度より慶應義塾大学准教授。2018年度より同教授。2013年11月に同大学院SDM研究所スポーツシステムデザイン・マネジメントラボ設立・代表就任。日本スポーツ振興センター(JSC)ハイパフォーマンスセンター・ハイパフォーマンス戦略部アドバイザーなどを歴任。アジア工科大学院招聘教授。博士(政策・メディア)。スポーツビジネス創造塾のプログラムディレクター
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 教授の神武直彦氏。慶應義塾大学大学院理工学研究科修了後、宇宙開発事業団入社。H-IIAロケットの研究開発と打ち上げ、人工衛星および宇宙ステーションに関する国際連携プロジェクトに従事。2009年度より慶應義塾大学准教授。2018年度より同教授。2013年11月に同大学院SDM研究所スポーツシステムデザイン・マネジメントラボ設立・代表就任。日本スポーツ振興センター(JSC)ハイパフォーマンスセンター・ハイパフォーマンス戦略部アドバイザーなどを歴任。アジア工科大学院招聘教授。博士(政策・メディア)。スポーツビジネス創造塾のプログラムディレクター
[画像のクリックで拡大表示]

保科 例えば夏合宿の前に選手たちに目標を立ててもらうのですが、以前は「ケガをしない」「長い距離を走る」「しっかりと身体をケアする」といったような漠然とした目標が出てきていました。でも具体的にどういうケアが必要なのか、なぜ長い距離を走らなければならないのかといったことを明確にした上で取り組まなくてはなりません。そこで神武先生がおっしゃったように、より具体的な目標を設定し、それに継続的に取り組むようにしました。そうすることで自分自身を理解することにつながりますし、より細かく具体的な目標設定ができるようになりました。

慶應義塾大学競走部 長距離ブロックで導入している目標管理シートの例(写真:慶應義塾大学)
慶應義塾大学競走部 長距離ブロックで導入している目標管理シートの例(写真:慶應義塾大学)
[画像のクリックで拡大表示]

 学生の中には「ただ走っていればいい」と思っている選手も多かったのですが、ただ走るのと、自分の身体を意識しながら走るのとではトレーニングの効果も違います。実際、効果的にトレーニングを進められるようになってきているので、今後も継続していきたいと考えています。

神武 このサイクルを回していくことで、選手たちは自分自身と対話し、その後指導者である保科さんと対話をするようになりました。そしてチーム内で対話を重ねていくことで、漠然としていた目標が形を持っていくことになるのです。ラグビーのようなチームスポーツの場合、チームが勝つために個々の役割が比較的明確です。そのため、それを定めてトレーニングを行います。つまり、誰が何をすればチームのためになるかが明確なのです。

 一方、駅伝は個人種目でもあるので、一人ひとりが最適化すればチームとして強くなるという思考になることがあり、「チームとしてどうなっていくべきか」ということを考える傾向にありません。しかし先ほど保科さんが話したように、駅伝もチーム競技ですから、こういったマネジメントプロセスを導入し、チームのことを考えることにもつなげています。

マネジメントプロセスの導入は始めからうまくいったのでしょうか。

神武 始めのうちはなかなか選⼿の⾏動の変化をうまく促せない部分があり、それに取り組む選⼿となかなか取り組めない選⼿に分かれてしまうということもありました。ひとつの原因として考えているのは、この取り組みの前にコンディション管理の考え方とプロセスの導入を先に始めたことがあるかなと思っています。

 チームや個人の目標を納得感を持って設定すること無しにそれを始めたため、選⼿たちもなぜそれをやらなければいけないのかをしっかりと理解できていなかったのかと思います。その結果として、行動の変化につながらない選手もいたように思います。WhyよりもHowが先行してしまったのです。そこで、この⽬標管理のマネジメントプロセス、つまりWhyを導⼊し、なぜやるのかを浸透させていき、その上で、コンディション管理の考え方とプロセスの導入という How を導入し、徐々に選手の行動の変化につながっていくようになった気がします。しっかりと動機づけをした上で物事を進めないと、新しい取り組みは浸透していかないことを改めて認識しました。