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 これまでのスピントロニクス研究では、「小さな磁石」としての電子を操作することに主眼が置かれてきた。「磁石」を制御するには磁場が必要であり、電磁場だけでなく磁化構造やスピン軌道相互作用を駆使した有効磁場を作り込むことによって「磁石」たちの向きを揃(そろ)えながら流れを生みだすのが、従来のスピン流生成制御法である。

 それでは新たに「回転歯車」の性質にも着目したい。たくさんの「回転歯車」たちが何らかの媒質に埋まっている状況を想像してみよう。媒質が静止している場合には「回転歯車」の向きは一般にはバラバラである。ところが媒質に振動や回転といった機械運動が生じている場合には、その機械運動を作り込むことによって「回転歯車」たちの回転軸を一斉に揃えながらある方向に運ぶことができるかもしれない。「磁石」の制御のために有効磁場を作り込んだように、「回転歯車」の制御のために「媒質の機械運動」を作り込むことでスピン流生成ができないだろうか。

 実際、我々は細管に液体金属流を発生させることで液体金属中の「回転歯車」たちの方向を揃えながら一方向に移動させることによって生じる電気信号の観測に成功した(図2)。後述のように、細管中の液体金属には渦度と呼ばれる局所的な回転運動の分布が発生しており、渦度分布によって「回転歯車」たちの回転軸と伝導方向の制御が可能になった。渦度分布とスピンはスピン回転結合と呼ばれる相互作用で結び付いており、液体金属流体の力学的角運動量が電子スピンへと変換されることが示される。以下では、スピン回転結合を中心に、「回転歯車」と「媒質の機械運動」の絡み合いを詳述する。

図2 スピン流体発電の直観的なイメージ。物質中の「磁石+ 回転歯車」としての電子スピンたちはバラバラの方向を向き、スピンとしての磁気的性質や力学的回転の性質が打ち消し合っている。例えば細管中の液体金属に圧力をかけて流体運動を駆動すると、流体の作る渦度分布が「回転歯車」の方向を整えながら管方向に流れを生むことができる。
図2 スピン流体発電の直観的なイメージ。物質中の「磁石+ 回転歯車」としての電子スピンたちはバラバラの方向を向き、スピンとしての磁気的性質や力学的回転の性質が打ち消し合っている。例えば細管中の液体金属に圧力をかけて流体運動を駆動すると、流体の作る渦度分布が「回転歯車」の方向を整えながら管方向に流れを生むことができる。
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磁気回転効果とスピン回転結合

 力学回転と磁性が相互作用する現象である磁気回転効果の研究には長い歴史がある。アインシュタインは一般相対性理論を発表した1915年に、「生涯唯一の実験」によって磁気回転効果を発見した3)。磁性体をつるし、外部磁場によって磁性体の磁気量を変化させると磁化は磁場方向に緩和する。この磁化過程を通じて磁性体の角運動量が増減するが、角運動量保存則によってこの増減を打ち消すように磁性体の格子系に力学的角運動量が生じる。その結果、磁性体は回転運動を始める(図3)。これはアインシュタイン・ドハース効果と呼ばれ、磁気的角運動量から力学的角運動量への変換の実現例である。

図3 アインシュタイン・ドハース効果。強磁性体をつるして外部から磁場をかけると磁化が磁場方向に揃う。こうして変化した磁気的角運動量を打ち消すように格子系に力学的角運動量が生じ、回転運動が始まる。
図3 アインシュタイン・ドハース効果。強磁性体をつるして外部から磁場をかけると磁化が磁場方向に揃う。こうして変化した磁気的角運動量を打ち消すように格子系に力学的角運動量が生じ、回転運動が始まる。
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