PR

3次元トポロジカル絶縁体

 量子スピンホール絶縁体の概念が3次元に拡張され、具体的なバルク物質(Bi1-xSbxの合金系)についての予言6)と実験的実証7)により、3次元トポロジカル絶縁体の研究が始まった。3次元の場合、物質の中身全体は絶縁体にもかかわらず、その表面や界面に特殊な金属状態が必ず自発的に生じる。単にトポロジカル絶縁体と呼ぶ場合には、3次元トポロジカル絶縁体を指す場合が多く、本稿でも以下では「3次元」を省略する。

 Bi1-xSbxがトポロジカル絶縁体になる組成範囲はx=0.09〜0.23である。この組成におけるバルクの絶縁体がもつバンドギャップはたかだか数十meVであり、出現する表面電子状態も複数個あって比較的複雑である7)。続いて、運動量空間の原点(Γ点)周りに単一の表面電子状態をもつ第2世代のトポロジカル絶縁体が、図2(a)に示したX-M-X-M-Xの5原子層が積層したテトラダイマイトと呼ばれる構造をもつカルコゲン化合物Bi2Te3、Bi2Se3、Sb2Te3で理論予言され8)、時をおかずに実験で確認された9)。特にBi2Se3はポストグラフェン物質として注目された。まず、テトラダイマイト型カルコゲン化合物は、共通して大型の単結晶を育成することが容易である。図2(b)に、我々のグループが育成したBi2Se3単結晶の例を示す。これらの結晶は、5原子層ごとに存在する弱いファンデルワールス結合のためによいへき開性を示し、大面積の鏡面状表面を得ることもたやすい。この性質を利用することで、走査型トンネル顕微鏡(Scanning Tunneling Microscope:STM)によって、原子分解能で表面を観察することも難しくない(図2(c))10)。Bi2Se3の場合、①バンドギャップは室温のもつ熱エネルギー25meVに比べて10倍程度大きく、②バルクと表面との電子状態が運動量空間でよく分離しており、③表面電子状態はグラフェンがもつ理想的な円錐状のディラック分散に近い、などが角度分解光電子分光測定(Angle Resolved Photoemission Spectroscopy:ARPES)により直接観察されている(図3)11)

図2 (a)第2 世代の3 次元トポロジカル絶縁体と呼ばれる、テトラダイマイト型カルコゲン化合物M<sub>2</sub>X<sub>3</sub>(M=Bi, Sb; X=Te, Se)の結晶構造。(b)育成したBi<sub>2</sub>Se<sub>3</sub>の単結晶試料。(c)STMで観察したBi<sub>2</sub>Se<sub>3</sub>単結晶表面の原子像。見えているのはへき開面のSe層。
図2 (a)第2 世代の3 次元トポロジカル絶縁体と呼ばれる、テトラダイマイト型カルコゲン化合物M2X3(M=Bi, Sb; X=Te, Se)の結晶構造。(b)育成したBi2Se3の単結晶試料。(c)STMで観察したBi2Se3単結晶表面の原子像。見えているのはへき開面のSe層。
[画像のクリックで拡大表示]
図3 (a)理想的な3 次元トポロジカル絶縁体における表面電子状態の模式図。単一のディラック錐型の分散で、スピン(青色矢印)はヘリカルに偏極している。(b)ARPESによりBi<sub>2</sub>Se<sub>3</sub>単結晶試料の表面で直接観察された電子構造。バルクが電子キャリヤをもつために、表面状態に加えて、バルクの価電子帯と伝導帯の電子状態も同時に観測されている。
図3 (a)理想的な3 次元トポロジカル絶縁体における表面電子状態の模式図。単一のディラック錐型の分散で、スピン(青色矢印)はヘリカルに偏極している。(b)ARPESによりBi2Se3単結晶試料の表面で直接観察された電子構造。バルクが電子キャリヤをもつために、表面状態に加えて、バルクの価電子帯と伝導帯の電子状態も同時に観測されている。
[画像のクリックで拡大表示]

 ところがBi2Se3では、バルクの抵抗率は低くて金属的な温度依存性を示し、表面電子状態由来の輸送特性は観測できていない。これは、Se欠損などによって意図せずにバルクにドープされたキャリヤが、輸送特性を支配的に担っているためである。そこで、より複雑な組成や構造をもつ化合物へと物質探索が進み、理論計算による予言とその実験的実証というサイクルでTlMX212)や(MʼX)n(M2X3)m[M=Bi,Sb;X=Te,Se,S;Mʼ=Ge,Pb]13,14)などが発見されたが、いずれもバルクキャリヤをもたない理想的なトポロジカル絶縁体には程遠かった。一方で、テトラダイマイト型カルコゲン化合物での改善には進捗がある。構成単位である5原子層Xo-M-Xi-M-Xoにおいて、別種のカルコゲンが内側Xiと外側Xoとで規則配列したBi2Te2SeやSb2Te2Se、固溶系にしたBi2-xSbxTe3-ySey、さらにはカルコゲンの一部をSにした組成など、多様なバリエーションの系もトポロジカル絶縁体になることがわかっている。一連の組成でキャリヤの種類や量が変化する様子が確認されるとともに、組成に応じて系統的に電子構造が変化する様子も直接観察されている15)。今では、図4(a)の赤いデータに示すように、Bi2Se3(青)に比べて低温における絶縁性が5桁以上改善されて、表面のトポロジカル電子状態が支配的に伝導を担う様子を再現性よく観測できるような組成が突き止められている16,17)

図4 (a)さまざまな組成をもつテトラダイマイト型カルコゲン化合物系トポロジカル絶縁体の抵抗率。最初に発見されたBi<sub>2</sub>Se<sub>3</sub>(青曲線)に比べて、組成の最適化(赤曲線)により5 桁程度も絶縁性が改善され、100K以下では表面電子状態を反映する振る舞いを観測することにも成功している。(b)Bi<sub>2</sub>Se<sub>3</sub>、Bi<sub>2</sub>Te<sub>2</sub>Se、Sb<sub>2</sub>Te<sub>2</sub>Seのそれぞれの単結晶におけるSTMで観察した表面原子像と、STSで測定した局所状態密度の情報を与えるスペクトル。ゼロ磁場の滑らかな状態密度(黒曲線)が、11Tの磁場印加によりランダウ量子化に伴う周期的振動構造に変化する(赤曲線)。矢印したピークがn=0 のランダウ準位で、ディラック点のエネルギー位置を示す。表面の乱れ具合によらず、いずれの試料でもディラック表面電子状態が安定に存在していることの証拠となる結果である。
図4 (a)さまざまな組成をもつテトラダイマイト型カルコゲン化合物系トポロジカル絶縁体の抵抗率。最初に発見されたBi2Se3(青曲線)に比べて、組成の最適化(赤曲線)により5 桁程度も絶縁性が改善され、100K以下では表面電子状態を反映する振る舞いを観測することにも成功している。(b)Bi2Se3、Bi2Te2Se、Sb2Te2Seのそれぞれの単結晶におけるSTMで観察した表面原子像と、STSで測定した局所状態密度の情報を与えるスペクトル。ゼロ磁場の滑らかな状態密度(黒曲線)が、11Tの磁場印加によりランダウ量子化に伴う周期的振動構造に変化する(赤曲線)。矢印したピークがn=0 のランダウ準位で、ディラック点のエネルギー位置を示す。表面の乱れ具合によらず、いずれの試料でもディラック表面電子状態が安定に存在していることの証拠となる結果である。
[画像のクリックで拡大表示]