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逆構造有機ELデバイスの構造と特徴

 有機EL発光素子は、発光層を中心に正孔の注入層や輸送層、電子の注入層や輸送層などを積層した多層の有機膜を、陽極と陰極で挟んだ構造になっている。膜厚は合計でも0.2μm程度以下の極めて薄い膜である。一般的な有機ELデバイス(以下、「通常構造有機EL」と呼ぶ)は、図5(a)に示す電子注入層に、アルカリ金属やアルカリ土類金属(Li、Ba、Ca)など仕事関数が小さく、活性の高い材料を用いているため、大気中の水分・酸素とそれらの材料が化学反応し、徐々に発光が弱くなってしまう。そこで通常構造有機ELを製品に用いる場合には、ガラスや接着剤、さらには乾燥剤を用いた厳密な封止が必要となる。

 一方、フィルム基板を用いて有機ELディスプレイを作製する場合には水蒸気透過率10-5〜10-6g/(m2·day)もの高いバリヤ膜が必要となる。したがって、4.1節で述べた図4の作製方法では省略しているが、実際は、各フィルム上に、とても高いバリヤ性能の層を成膜する必要がある。多くの場合、無機バリヤ層と有機層を多層積層することで、バリヤ性の高いフィルムを開発し、通常構造有機ELを大気中の水分・酸素から守る方法をとっている10〜12)

 しかしながら、このようなバリヤフィルムは、高価であるばかりか、大面積に欠陥なく作製することが難しく、大型化が困難である。さらには、バリヤ膜として硬い膜質の窒化シリコンなどが用いられており、曲げによるクラックを生じやすいため、フレキシブルディスプレイとしては大きな問題となる。そこで、水分や酸素で劣化しにくい材料のみを用いることで、これまでのような高い封止性能を必要としない、通常構造有機ELの開発が求められている13)

図5 (a)通常構造有機ELデバイスと(b)逆構造有機ELデバイス。
図5 (a)通常構造有機ELデバイスと(b)逆構造有機ELデバイス。
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 我々は、図5(b)に示すような大気中で劣化しにくい逆構造有機ELデバイス(以下、逆構造有機EL)を開発している。逆構造有機ELは、通常構造有機EL(図5(a))と異なり下部の酸化インジウムスズ(Indium Tin Oxide:ITO)電極を陰極として用い、上部の金属電極を陽極として用いる通常とは逆の積層構造となっている12)。ITOなどの金属酸化物は、大気中で安定であり、この上に不活性な材料を積層し、電子を発光材料に円滑に注入できれば、大気に強い有機ELを得ることができる。逆構造有機ELを実現するための一番の課題は、陰極から発光層へのエネルギー障壁である。ITOを透明陰極に用いる場合、ITO から有機層に直接電子を注入することは非常に困難である。これは、ITOの仕事関数の値と、有機層の電子を受け取る準位である最低非占有軌道(Lowest Unoccupied Molecular Orbital:LUMO)とのエネルギー差が大きいことによる。ITOの仕事関数は約5eVであり、一方、一般的な有機ELの電子輸送層のLUMOのエネルギーは3eV程度であるため、約2eV程度の電子注入障壁が界面に存在する。

 そこで我々は、陰極のITOの上に、酸化亜鉛などの比較的仕事関数の小さな金属酸化物を成膜し、さらに、電子注入性を向上させるための有機電子注入材料を積層し、電子注入層を2層構成とすることで、電子の注入性能向上を実現した14)。逆積層構造にする理由は、有機層への電子注入に比較的有利な仕事関数をもつ酸化亜鉛などの金属酸化物が、有機層へダメージを与えるスパッタ法により成膜されるためである。すなわち、通常構造でスパッタ法により金属酸化物を積層すると、下層の発光層をはじめとする有機層にダメージを与えてしまう。そこで逆積層にすることにより、有機層よりも先に電子注入層を成膜するため、スパッタ法などさまざまな成膜法を取り入れることが可能となり、水や酸素に比較的不活性な金属酸化物など、これまで用いることができなかった材料を電子注入層材料として使用することができるようになった。

 図6に逆構造有機ELの発光性能を示した。有機電子注入材料には、ポリエチレンイミン(PEI)(図6(d))と我々が開発した電子注入材料Aを用いた。PEIは、電極表面の仕事関数を大きく低下させることが報告されている材料であり15)、酸化亜鉛上に積層することで、その上層の有機電子輸送層に円滑に電子を注入することができる。図6(a)のように、2つの逆構造のデバイスの電圧-輝度特性は、通常構造有機ELと同程度の低電圧なデバイスを実現できている。また同様に、図6(b)のように、発光効率も通常構造を上回る特性となっている。さらに、表2に示すように水蒸気透過率10-4g/(m2·day)のバリヤフィルムを封止に用いて評価を行った。通常構造有機ELでは、数日でダークスポットと呼ばれる非発光部が発生し次第に発光面積が小さくなるのに対し、PEIを電子注入に用いた逆構造有機ELでは、250日以上劣化が見られず、大気に対し安定であることがわかる。

 しかしながら、図6(c)に示すように、PEIを電子注入に用いたデバイスは、寿命が短いという課題があった。そこで、NHKでは独自の電子注入材料Aを開発し、寿命特性についてもPEIを大幅に上回る実用レベルに近い駆動寿命を実現した。本実験の発光層材料としては、図6(d)のように、赤色リン光材料であるIr(piq)3と、発光層ホスト材料としてZn(BTZ)2を用いた。

図6 通常構造有機ELと逆構造有機ELの(a)電圧- 輝度特性、(b)輝度-外部量子効率、(c)寿命特性、(d)材料構造。
図6 通常構造有機ELと逆構造有機ELの(a)電圧- 輝度特性、(b)輝度-外部量子効率、(c)寿命特性、(d)材料構造。
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表2 大気安定性の評価結果(WVTR 10-4 g/(m2·day)のフィルムにて封止)
表2 大気安定性の評価結果(WVTR 10<sup>-4</sup> g/(m<sup>2</sup>·day)のフィルムにて封止)
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 以上のように、大気中の酸素や水分に安定な材料のみで構成された逆構造有機ELを用いて、発光性能も通常構造有機EL並みの高い性能を示し、かつ大気中の安定性の高い発光デバイスを実現することができる。封止に課題のあるフレキシブルディスプレイにとって有用な発光デバイスであると考えている。