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少ない情報から学習、多様な手法が候補に

 「限られた情報から精度よく学習する手法の開発を目指したい」(理研の杉山氏)。「深層学習越え」を狙う多くの国内研究者が重視するのが、少ないデータで効率よく学習できることである。数々の手法が、この方針のもとで開発されている(図3)。

 中でも研究が進んでいるのが既存の統計的な機械学習手法の改良だろう。例えば杉山氏は、データが従う確率分布の推定という難問を回避できる、「密度比推定」と呼ぶ機械学習手法を開発している3)。海外では、人と同様に、1つのサンプルを提示しただけで、その概念を獲得できると主張する学習手法の研究もある。米New York Universityなどの研究者は、多数の文字の体系を学習させたシステムに、別の体系の手書き文字を一度見せただけで、他の文字と区別したりできる手法を開発した注5)、4)

注5)同大学らの手法「Bayesian Program Learning(BPL)」はベイズ統計学に基づく。この手法の有効性を確かめる実験では、50種類の文字体系の1623文字を人が手書きしたデータセットを用意。そのうち30種類の体系に属する文字を使った学習で、文字を構成するプリミティブ(単純な形状の線)、ストローク(プリミティブの組み合わせ)、それらの位置関係などをシステムに学ばせた。その後、学習用とは異なる体系の手書き文字をシステムに一度提示し、他の手書き文字のサンプル20種類の中から同じ文字を選ばせたり、提示された文字を手書きしたかのような画像を生成させたりした。その結果、前者のタスクではシステムの間違い率は3.3%で、人の被験者の4.5%を下回った。画像の生成でも、システムによるものと人手によるものを人の被験者に区別させたところ、ほとんど区別がつかなかった。なお、これらの結果に対してGoogle DeepMind社は、深層学習を利用しても同様な結果を得られると主張する論文を発表している5)

 従来の機械学習の枠を越えようとする研究も進んでいる。シミュレーションを併用して非常に稀な状況での最適解を求める手段や、伝統的な統計学とは異なる切り口の数理手法の応用、人の脳と同様な原理に基づく人工知能の開発などだ。以下ではこれらの手法の研究例を紹介する。

一度きりの状況でも解を探る

 「現実世界で活躍するAIを作るには扱う対象のモデル化が重要。その手法としてデータ中心の機械学習に加え、計算重視のシミュレーションを組み合わせた方が、より多くのことを実現できる。現実にはどちらのモデリング手法も不完全で、互いに補い合える」(産総研 人工知能研究センター センター長の辻井潤一氏)。

 産総研-NEC 人工知能連携研究室が開発するのが、シミュレーションと機械学習を組み合わせたAI技術である。狙いは、深層学習を適用できるほど多くの情報がない状況下で、人の判断を支援することだ。例えば、何十年に一度といった災害の対策、これまでにない特徴を持つ製品の開発、非常事態が生じたときのプラントの制御といった問題を対象にする。2019年3月までをめどに、小規模な問題を対象にした応用研究を進める計画である注6)

注6)同研究室は、このほか自律動作するAI同士が互いに挙動を調整する仕組みの研究も2020年3月までの計画で手がける計画である。研究室全体の人員は合計で30名程度になる予定。

 稀な状況の再現にシミュレーションを活用する。基本的な方針は、様々な解を適用した結果をシミュレーションで調べることを繰り返して、最適解を導くというものだ。ただし、シミュレーションを実行するには、対象の挙動を忠実に再現できるモデルを、物理学などの知見を用いて作成しなければならない。多くの問題で、こうしたモデルの作成は難しい。

 そこで活用するのが、機械学習を利用したモデル化である(図4(a))。対象の挙動を調べたデータから学習し、振る舞いを再現できるモデルを作る。この時に利用するのは、深層学習ではない手法の見込みである。そもそも、利用できるデータが少ない状況が前提のためだ。一般に「深層学習はデータが増えると非常に高い精度が得られるが、データ量が少ない領域では古典的な機械学習手法の方が精度が高い」(産総研-NEC 人工知能連携研究室 室長で、大阪大学産業科学研究所 教授の鷲尾隆氏)。

図4 未知の状況での意思決定を助ける
図4 未知の状況での意思決定を助ける
NECと産業技術総合研究所(産総研)は、産総研人工知能研究センター内に設立した産総研-NEC 人工知能連携研究室で、未知の状況下での人の意思決定を助ける人工知能の開発を進める(a)。機械学習で作成したモデルなどを使ったシミュレーションを繰り返し、状況に応じた最適解を探索する。これまでなかった製品の設計や滅多に起こらない災害の対策などに取り組む「設計問題」と、非常事態が生じた時のプラントの制御や経営判断の支援といった「マネジメント問題」を対象にする。後者では、人間が納得した上で適切な手段を取れるように、手段の根拠を説明する機能を盛り込む。NECは、これまでも人にとって分かりやすい結果を導く機械学習の手法を開発してきた。その1つが、「異種混合学習」である(b)。異なる条件下での単純なモデルを組み合わせることで、複雑なモデルを使った場合と同等の高精度な予測を可能にする。((b):NECの資料を基に本誌が加筆)
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