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 米Google社傘下で、囲碁を打つ人工知能「AlphaGo」を開発した英Google DeepMind社と米Stanford Universityの研究者は、人間などの脳の解剖学的知見を基にした学習と記憶のモデルを共同で提案したと、学術誌「Cell」などを出版する米Cell Press社が発表した。論文もCell誌の「Trends in Cognitive Science」で無料公開された。AlphaGoのような特定用途の人工知能を、人間に近い汎用人工知能(Artificial General Intelligence:AGI)に近づける試みの1つといえる。

 論文の著者は3人。筆頭著者は、DeepMind社のDharshan Kumaran氏。同氏は英University of College London、Institute of Cognitive Neuroscienceの研究者でもある。2人めの著者は、DeepMind社のCo-Founder and CEOであるDemis Hassabis氏その人だ。3人めはStanford University Department of Psychology and Center for Mind、Brain、and ComputationのProfessor James L. McClelland氏である。Kumaran氏はStanford Universityの元学生で、学生時代にMcClelland氏との共著の論文も出版している。

 今回提案した、脳における学習と記憶のモデルは、「Complementary Learning Systems(CLS)理論」の更新版である。CLS理論は、1995年にMcClelland氏が提唱した理論で、学習や記憶は大きく2つのシステムで構成されているとする。1つは、思考や記憶を司る大脳新皮質にあるシステムで、外部からの刺激に対して、それらのデータを構造化、汎化†しながらゆっくり学習(slow learning)する。もう1つは、海馬の中枢にあるシステムで、個人の特定の体験を“急速学習”(rapid learning)する、という。

†汎化=脳の中で個別事例を解釈、理解するプロセス

 CLS理論は、現在の人工的なニューラルネット(ANN:Artificial Neural Network)に基づく機械学習技術などとも比較的親和性が高い。具体的には、ANNは大脳新皮質、海馬は、メモリーと類似点があるとされてきた。

 CLS理論によれば、2つのシステムはそれぞれ得意な機能が異なり、お互いに足りない機能を補っている。具体的にはCLS理論の大脳新皮質の役割に近いとされるANNは、外部からのデータをゆっくりと学習する点はうまくいくものの、個人の特定の体験を素早く記憶させるには向いていない。「サバンナの水飲み場などで突然ライオンに遭遇するような生命の危機を伴う体験は、一度だけで済むように学習できるメリットは明確」(論文)だが、そうするのが難しいのである。

 正確には、現在のANNでも、特定のデータを無理やりに“急速学習”させることはできる。そのデータに対してだけニューロン間をつなぐ結合の重みを非常に大きくするような操作をするのである。ところが、これをしてしまうと、それまでANNでゆっくり学習していた内容が歪み、場合によっては失われてしまう。これは以前からANNの「安定性と可塑性のジレンマ」として知られている。

 一方、CLS理論における海馬は、記憶容量は小さく、データの汎化にも力不足である一方、ライオンとの遭遇のような強烈な体験を急速学習し、記憶する機能を提供しているとされていた。

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