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 4月9日土曜日,気持ちのいい晴天。Spring has come!と声に出したくなるような朝,9時3分発ののぞみで京都へ向かった。このコラムでも毎年紹介している,京都研究会を開催するためだ。京都研究会は今年で6年連続の6回目。今回は過去最多の36人が参加する。半分の18人が東京からだ。名簿を見ながらこれまで皆勤賞のYさんがいないな,とか昨年は来なかった長老のOさんがいるな,などと考えながら皆さんの顔を思い浮かべる。36人のうち,29人がリピーターなので顔の分かる人が多いのだ。中には東京に住んでいるのに,東京の研究会には参加せず京都研究会には毎年参加するTさんのような人もいる。

 京都は暑いほどの日差しで,駅は観光客であふれていた。八条口を出ると会場のビルがすぐそこに見えた。こんな絶好の花見日和に会議室にこもって勉強しているのを普通の人が見たら,何と思うだろう。しかし,我々にはそれが楽しいのだ。

 研究会のテーマは「Skype考」と「企業ネットワーク設計の心得」。Skype考の講演は,P2P(ピア・ツー・ピア)ベースのグループウェア「プロジェクトA」を開発しているアリエル社の岩田真一さんにお願いした。企業ネットワーク設計の心得は筆者がいつもどおり,よもやま話的に話した。今回は岩田さんの話を材料にP2Pについて考えたい。

P2Pの定義と意味

 岩田さんの講演におけるP2Pの定義は「ソフトウェアoverネットワーク」あるいは「オーバーレイ・ネットワーク≒ハードウェアの抽象化」だという。これでは,ちょっと難しい。筆者流に言い換えると「物理的ネットワークを分断しているルーターやファイアウォールの存在を意識せずエンドシステム(多くの場合,パソコン)同士が自由に通信できるよう,アプリケーション・レベルでアドレッシングとルーティングを行う通信方式」となる。Skypeにあてはめれば,Skype名がアドレスであり,スーパーノードによるアドレス解決とファイアウォール(NAT)越えの方式がルーティングということになる。

 P2Pシステムは通信相手の探索方法によって三つに分類される。一つはピュアP2Pで,サーバーを一切使わず相手を探索する方式だ。アリエル社のプロジェクトAはこの方式で,探索コマンドを隣接するノードに次々と受け渡し,ヒットすればコマンドの流れと逆方向に結果が通知される。探索結果を受け取った依頼元は相手と直接通信を始める。

 二つ目はハイブリッドP2Pといい,全ノードのアドレスを管理しているインデックス・サーバーに相手のアドレスを問い合わせて通信を始める。SIPプロキシを使ったIP電話はこの方式に当たる。セッションの設定はプロキシのお世話になるが,相手のアドレスが分かったら音声パケットはIP電話機間で直接やりとりされる。ただSIPはファイアウォールを越える手段を持っていない。だから,プライベート・アドレスの空間内に閉じていればP2Pで通信ができるが,異なる企業間で通信する場合にはファイアウォール越えをサポートするSBC(Session Border Controller)という専用のファイアウォールを使う必要がある。

 三つ目のP2P方式はSkypeが採用しているスーパーノード型ハイブリッドP2Pだ。一つのサーバーがインデックスを持つのではなく,ノードの1%程度がスーパーノードとして選定され,それらがインデックスを分散して持つ。

 P2Pの技術的定義はいいとして,その意味は何だろうか。もともとIPネットワークは,IPアドレスを持つエンドシステム同士が自由に通信できる,生まれつきのP2Pだったはずだ。しかし,ほとんどのエンドシステムはグローバル・アドレスを持てず,ルーターとファイアウォールで分断されたネットワーク上でプライベート・アドレスを使っている。その結果,通信はネットワーク管理者によって管理・制限されることになった。

 P2Pの意味とは「管理・制限」されたIPネットワークを「自由な」通信ができる本来のIPネットワークに戻すもの,と言えるだろう。

P2Pにならでははあるか

 筆者は企業ネットワークを仕事の対象としている。企業ユーザーがP2Pに期待するのは,コスト削減とP2Pならではのアプリケーションだ。コスト削減の期待としては,サーバー・コストと運用コストの削減がある。ピュアなP2Pならサーバーがまったく不要だし,ハイブリッドなP2Pでもクライアント・サーバー型と比べるとサーバー資源は少なくて済む。

 運用コストが集中管理のクライアント・サーバー型と,P2Pとでどちらが経済的かは簡単には決められない。Skypeのように,企業内のユーザーがインストールしたからと言って運用コストの増加に直結しないP2Pがあることは確かだ。しかし,セキュリティの確保やトラブル・シューティングはサーバー集中型のほうがP2Pより容易だ。サーバーがないからと言って,必ずしも運用コストが下がるとは言い切れない。

 二つ目の期待,P2Pならではのアプリケーションは興味深いテーマだ。実は岩田さんの話の中で,一番印象に残ったのがこのならではという言葉だ。岩田さんのスライドにはP2Pが普及するための条件の一つとして,「P2Pでしか実現不可能なアプリの登場」と書かれていた。これはP2Pに限らず,技術や製品やサービスがブレークするための大きな要因だな,と思った。別の見方をすると,ある技術や製品を評価するとき,ならではを持っているかどうかが重要なポイントになるということだ。

 今のP2Pはどうだろうか。例えばSkypeにならではがあるだろうか。サービス機能という面で見るとIPベースの電話,チャット,ファイル送信はMSメッセンジャーなどでもできる。だが,ネットワークやコンピュータの知識がほとんどないエンドユーザーでも簡単にインストールできること,ファイアウォール越えの技術が進化し続けていること,の2点はSkypeならではだ。

 音質の良さもSkypeの特徴だが,それはSkypeが採用しているGlobal IP Sound社のVoIP統合パッケージ,SoundWareが優れているためなので,ならではには当たらない。

 Skypeのファイアウォール越えの技術進化には感心させられる。4月中旬,つい1カ月前までSkypeが使えなかった大企業の方から,最新のバージョンで使えるようになったというメールをいただいた。httpプロキシを通過するための工夫が積み重ねられているようだ。

 企業が本当に欲しいならではは,インストールの容易さやファイアウォール越えではなく,サービス機能だ。P2Pならではのサービス機能,キラー・アプリケーションはあるのだろうか。

 筆者はまだその宝物を探し当てていない。しかし,必ずあると確信している。P2Pを構成する一つひとつのノード,つまりパソコンや携帯端末のCPU能力や利用可能な帯域幅は,これからも急激に増えつづける。それを生かし切れるアプリケーションが宝物になる。まだ宝物そのものにはたどり着いていないが,それが埋まっている場所は,「コラボレーション」や「モバイル」という山の中だと予想している。

変わるもの,変わらないもの

 京都研究会に出かけるとき,嫁さんから柏庵の干菓子を買ってきてと頼まれた。このコラムの第1回で紹介した豊国神社前の和菓子屋さんだ。残念なことにその店を守っていたおじいさんは亡くなっていた。別の場所にある本店は息子さんが営業を続けているという。だが本店には立ち寄らなかった。あの小さな店でおじいさんに会うのが楽しみだったからだ。3年もたつとこんな変化もある,ということだ。

 人が生まれ,死んでいく,という変化は仕方がない。だがおじいさんの作っていた干菓子の味は息子さんへ,そして孫へと伝えられ変わらずに残っていくのだろう。

 それだけではない。京都には衣食住にわたって平安の昔から変わらないものがたくさんある。研究会翌日の日曜日には平野神社へ花見に出かけた。この神社は桓武天皇が平安遷都と同時に置いたもので,桜の種類が多いことで知られている。そこで平安時代そのままの服装をした2人の巫女さんを発見した。あんまりかわいいので,一緒に写真を撮ってもらった。この巫女さんや神官,地元の人々は神社に伝わる衣服や雅楽,行事といった文化を守っているのだ。ネットワークやコンピュータの仕事はより高度なものへと変化することに価値がある。しかし,変わらないように守る仕事もいいなあ,と神社の人々を見て思った。

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松田 次博情報化研究会主宰。1984年より,情報通信に携わる人の勉強と交流を目的とした情報化研究会を主宰。近著に,本コラム30回分をまとめるとともに,企業ネットワーク設計手法について新たに書き下ろした『ネットワークエンジニアの心得帳』がある。NTTデータ勤務。趣味は,読書(エッセイ主体)と旅行。