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 「契約を盾に議論するような営業マンは失格だ」「どんな契約をしていようが、顧客の言うことには逆らえない」──。こんな発言がまかり通るITサービス業界。しかし、そんな常識は過去のものになっている。ユーザーのIT投資態度が厳しさを増し、その結果、不採算案件の発生が相次いでいる。成果物に満足しないユーザー企業から、訴訟を起こされるケースも出てきた。責任をあいまいにした契約が、そうしたトラブルを助長してきたのだ。IT投資の失敗に危機感を抱くユーザー企業は、ソリューションプロバイダとの契約のあり方を見直し始めている。ソリューションプロバイダ自身が、契約のあるべき姿を明確にしなくては、ユーザー優位の新たな契約を押し付けられることにもなりかねない。



 札幌市の医療機器商社ムトウは今年5月、東洋ビジネスエンジニアリング(B-ENG)に対して、契約の解除と9億3400万円の損害賠償を求める訴えを起こした。ERP(統合基幹業務システム)を導入する業務システムの再構築案件で、バグによる開発遅れに加え、サーバーの性能設計に問題が発生した。性能設計の責任の所在について、双方の主張は真っ向からぶつかっている。

 現在ムトウとB-ENGは和解に向けた調停に入っているが、長期化は避けられそうにない。B-ENGは2004年度決算発表時に、ERP事業で大型の不採算案件が発生して3億円の利益を失ったとしていたが、この損失は、ムトウとの案件によるものだ。

 訴訟に至らないまでも、ソリューションプロバイダと顧客企業のの取引で、トラブルは後を絶たない。その最たる結果が不採算案件の発生で、多くのソリューションプロバイダが、業績悪化の主要因に挙げている。

 トラブルが起こるのは、ユーザー企業との間のあいまいな契約が大きな要因だ。ユーザー企業からの業務要求やRFP(提案依頼書)に応じて、ソリューションプロバイダは提案書や見積もりを出す。しかし、この時点では、システム開発に必要な詳細な仕様が確定しているわけではない。

 あいまいな仕様に対して見積もるため、契約後、開発段階で仕様変更などを余儀なくされ、コストの増大や納期の遅延につながる。その上、仕様を確定するためのプロセスや変更のルール、問題が起こったときのソリューションプロバイダとユーザー企業との間の責任分担ですら、契約で明確になっていないことは少なくない。

 日本の契約は欧米に比べ、契約条項は2分の1から3分の1程度しかないといわれる。「契約条項を持ち出して議論するようになったら営業マンはおしまい」といった論調すらある。こうしたあいまいさが、不採算案件や訴訟問題につながっているのだ。  従来、こうした取引を続けてきたにもかかわらず問題が起こらなかったのは、仕様変更などでコストが増えても、それを補って余りある料金を、ユーザー企業が負担してきたからだ。だが、ユーザー企業はIT投資対象を厳しく選別するようになり、料金についても負担増を許容する余裕はなくなっている。

 不透明な取引は、会計上の問題にも発展する。昨年、メディア・リンクスの架空取引による粉飾決算事件などが発覚したことで、ITサービス業界全体に、会計の透明性を求める声が高まっている。今年3月に日本公認会計士協会*1が、8月には経済産業省*2が、ITサービス業界の取引や会計の諸問題について報告書を公開した。経済産業省情報政策課の久米孝総括補佐は「会計や契約といった取引のプロセスは、ITサービス業界がこれまできちんと取り組めていなかったこと。ソフトウエアエンジニアリングやプロジェクトマネジメントといった技術的なプロセスの整備と合わせて、業界が取り組むべき重要な課題だ」と指摘する。

 ソリューションプロバイダにとって、ユーザー企業との契約の見直しと厳密化は、まさに待ったなしである。

ベンダー優位の契約を見直し

 実はユーザー企業の間でも契約のあいまいさを問題視し、ソリューションプロバイダとの契約を見直す動きが出てきた。例えばJTB。同社は、基幹システムの再構築案件が開発半ばで頓挫し、システム開発を発注したビーコンITと、3年に及ぶ訴訟を経験。2004年10月にようやく和解に至った。JTBの野々垣典男IT企画チームマネージャーは「ユーザー企業がリスクをヘッジするには、契約を見直すしかないと痛感した。従来の契約には、ベンダーの責任があいまいな部分が少なくない」と振り返る。訴訟での経験を踏まえ昨年、ソリューションプロバイダとの契約する際の条件を見直した。