「SI(システムインテグレーション)ビジネスには契約のあいまい性、仕様の変動性、システムの膨張性という3大病がある」。日立システムアンドサービス元社長の名内泰蔵氏は、この“3大病”を治療しない限り、SIビジネスに明日はないと指摘する。
1961年に日立製作所に入社し、JR(旧国鉄)の座席予約システム「MARS(マルス)」などの大規模プロジェクトを数多く経験した名内氏は、2003年の日本情報システム・ユーザー協会や日経コンピュータ誌の調査結果を見て、衝撃を受けたという。ユーザー企業は、システム構築におけるITベンダーへの満足度を25%と低く回答していたからだ。
「これはおかしい。ユーザー企業はこの会社なら良いと思って発注したはずなのに、なぜ25%しか満足していないのだろうか」(名内氏)。
最大の問題は、ユーザー企業とITベンダーの間にあいまい性という“壁”が存在することだという。養老孟司氏の著書「バカの壁」とは違うが、名内氏はそれを“馬鹿の壁”と呼ぶ。「ユーザー企業は馬のつもりで発注したが、ITベンダーは鹿だと思っている。しかもユーザー企業は、鹿に『首を長くしてくれ』『斑点をつけてくれ』と要求を次々と付け加える。結局、出来上がったものは麒麟の姿だった」というわけだ。
こんなプロジェクトでは、次々に仕様が変更・追加され、その結果としてシステム規模が膨れ上がるのは当然の成り行きだろう。「麒麟の文字を見てほしい。鹿が麒麟になれば、元の鹿の姿が“2倍”になってしまうということだ」(名内氏)。
なぜ、こうした事態になるのか。すべてはシステムのRFP(提案依頼書)をきちんと書けないことに起因している。事実、先の調査結果によると、RFPを書いているユーザー企業は全体のわずか5分の1程度と少なかったという。多くのユーザー企業は、ITベンダーなどにRFP作成を依存しているのが実態なのである。
この数字はその後の調査で少しずつ増えているものの、ユーザー企業は不十分なRFPであることを知りながら、ITベンダーにシステム構築を発注する。このことが「ユーザーの不満」と「ITベンダーの赤字」という不幸を生んでいる。それでもユーザー企業が「ITベンダーは無理を聞いてくれた」「喜んでくれた」「価値を認めてくれた」なら、ITベンダーは少し救われるかもしれないが、現実はそうでもない。
問題を解決するには、ユーザー企業自身がRFPを書くことが基本だ。「無理だ」という声が聞こえそうだが、あいまい性を排除するには「最低でも主要パラメータを記述してほしい」と名内氏はいう。
もちろん、ITベンダー側も自分が想像した仕様を書き、「これでいいのか」と確認する。例えば「あるパッケージをベースにカスタマイズをしたらどうか」「A社で使っているシステムをベースにしたらどうか」などと提案すれば、そこから議論することもできるだろう。
ここで忘れてはならないのが、システム規模の膨張によるコストの増加である。名内氏のこれまでの経験では、当初見積もりより10倍に膨れ上がったこともあるという。しかしSEから開発コストが減ったという話を聞いたことはあまりないだろう。
だからこそ、「予算は増える」ということをユーザーに説明し、理解してもらう。「例えば1億円の予算なら5000万円で実現できる仕様を一緒に考える。それでも最後は1億円になってしまう」(名内氏)。最初から予算の半額で仕様を決めていくことも1つの手段かもしれない。
もう1つ重要な点は、システム開発の契約を最低でも2段階に分けることだ。具体的には、RFPを決めるまでの契約と請負開発の契約の2段階になる。それぞれの発注先が異なるケースもあるが、RFPがまとまらないうちに見積提出となれば、赤字になる可能性は極めて大きい。ITベンダーは価格競争に陥ることを避けるためにも、ぜひとも2段階の契約を実施すべきである、と名内氏は説く。