椿 正明
DOA+コンソーシアム 代表幹事

1959年東京大学工学部卒業。千代田化工建設,日本システミックスなどを経て,85年にデータ総研を創設。2003年,DOA+コンソーシアムの代表幹事に就任。工学博士

 この約40年間,一貫して「DOA(データ中心アプローチ)」にかかわる仕事をしてきました。DOAとは,情報システムを作る際に扱うデータやデータ同士の関係を把握し,それを中心にシステムを構築する設計・開発の手法です。

 私がDOAにかかわるようになったきっかけは,1960年代にさかのぼります。その頃,私は千代田化工建設でプラントの基本設計に携わっていました。プロセスフローや,機器および配管の最適な組み合わせなどを設計して,その情報を詳細設計の担当者に渡します。詳細設計者はそれを元に配管や機器の設計を行い,その後の材料の購買,輸送,建設につながっていくという流れでした。

 コンピュータは現場では使えないほど高価だったので,当時はソロバンや計算尺などでプロセスシミュレーションや集計などを行っていましたが,やがてコンピュータが導入され,設計作業は楽になりました。でも,情報を紙で出力して次工程にわたす流れは変わりませんでした。つまり,すべての工程のつなぎ目で,人間が前工程からもらった紙を元に情報を打ち込んでいたのです。

受け入れられなかったDBMS

 このやり方では,情報をいちいち入力する手間がかかるだけでなく,仕様変更が発生すると,すべての工程の情報を作り直さなければなりません。そこで私は,上流工程から下流工程までのプロジェクトの情報を縦につなぐ仕組みが必要だと考えました。

 その際に行わなければならないのが情報,すなわちデータの調整と統一を図ることです。私は,プラント建設に用いる社内の様々なデータの種類とデータ同士の関係について調べ,整理しました。

 当時は参考になる理論などなくて,私は独自にデータモデリングの方法論を構築し,それを元に会社の中で使えるエンジニアリング用のデータベース管理システム(DBMS)を設計しました。しかし残念なことに,社内でこのDBMSを使おうと言ってくれる人はほとんどいなかったんです。機能や使いやすさには自信を持っていましたが,「よく分からない理屈のDBMSなど,安心して使えない」といった声が大勢を占めました。

 そこで私は,このDBMSのデータモデルを原型として,1975年にソフト会社の穂鷹良介氏(現筑波大学教授)とともに「THデータモデル(椿・穂高モデル)」を発表しました。ちょうどP.P.チェン氏が「ERモデル」を発表したのと同じ頃です。

DOAへの関心が高まっている

 私はこのモデルの完成度を高めると同時に,DOAの考え方を世の中に普及させたいと思い,79年に千代田化工を退社。以来,THデータモデルをベースにしたモデリング方法論を用いたシステムコンサルティングに携わってきました。

 DOAが大いに注目されたのはリレーショナルデータベース管理システム(RDBMS)が登場した80年代ですが,2000年代に入って,DOAへの関心が再び高まっています。最近,話題となっている「EA(Enterprise Architecture)」でも,データモデリングは重要な要素となっています。

 そこで2003年12月,私が代表幹事を務める「DOA+(ディーオーエープラス)コンソーシアム」の活動が始まりました。DOAのあり方やデータモデルをシステムに実装する際の課題などを研究して,DOAをさらに発展させ,広く普及させるのが狙いです。「DOA+」には「より進化したDOA」という意味が込められています。

 データの把握がシステム設計・構築のカギであることは,常に変わりません。私の40年間の取り組みはコンソーシアムの活動を通して,システムの価値向上に大いに貢献できるものと信じています。

(談)