PR
図1●ニイウスの売上高と経常利益の推移(億円)
図1●ニイウスの売上高と経常利益の推移(億円)
[画像のクリックで拡大表示]

 IBMのNo.1ディーラーでもあるニイウスがディーラー・ビジネスからサービス・ビジネスへの転換を急ピッチに進めている。IBMなどからハードやソフトなどの製品を仕入れるディーラー・ビジネスを中心とした事業展開で大きな成長を見込めなくなってきたことが背景になる。

 それが顕著に現れたのが06年6月期第1四半期(05年7月~9月)の業績だ。前年同期比で売上高が25.7%もダウンした。実は、その予兆は05年6月期上半期まで見られなかった。今年2月に開催した業績説明会で通期売上高は前期比27%増の1002億円を見込んでいたことから分かる。ところが結果は789億円(前年期比0.1%増)に終わり、創業以来、年率45%成長を遂げてきた売上高が一転して横ばいになった(図1)。

 その最大の原因はディーラー・ビジネスにあるという。事実、ハード販売は前期比25.9%減の349億4700万円と大きく落ち込んだ。この第1四半期も50%のマイナスである。

 末貞郁夫会長兼社長は8月の業績説明会(05年6月期)で「IT業界そのものがバブルだった。20%はあったと思う」と語り、05年6月期の未達の200億円は極端に言えば製品を右から左に流す付加価値の低いものだったとした。「前期はディーラー・ビジネスの決算であったし、ユーザーが求めているサービス提供型への通過点だった。その変革期の歪を感じた」と続けた。

 92年に野村総合研究所と日本IBMの共同出資で設立されたニイウスは2つの特色を持つ。金融機関向けビジネスに強いことと、IBM製品の取扱高が多いことだ。金融機関向け売り上げは全体の71%を占めているし、2004年(1~12月)におけるIBM製品の取扱高はシェア12%のトップ。2位の日本ビジネスコンピューターを大きく引き離す。ニイウスはここを中心に業績を伸ばしてきたといえる。

 だが、そこだけに頼っての成長に限界が来たので、新たな市場開拓を急いで進めてきた。その1つが戦略ビジネスで、「金融向けが中心だったので危機感もあり、他のインダストリに出ることにした」(末貞氏)。ところが「土地勘やノウハウがないので(その分野に強い)会社と組みシェアを取る作戦だったが、売上総利益率が悪かった」(同)。ちなみに05年6月期の同ビジネスの売り上げは約86億円あったものの、売上総利益率はわずか1.5%である。具体的なターゲット分野を明らかにしていないが、ここへの人材投入を止めるとともに撤退することにした。06年6月期第1四半期の売り上げはゼロである。

  加えて、売り上げの70%超を占めるディーラー・ビジネス(既存ビジネスと呼ぶ)の大きな成長も期待できない状況になってきたという。

資金調達で新サービス開発に注力

 「ディーラー・ビジネスの先行き不透明感から脱却し、サービス・ビジネスへ転換させる必要がある」(末貞氏)とし、ニイウスは医療など新サービスの開発、販売に力を注ぎ始めた。そのため、増資など資金調達を実施した。その額は240億円(増資75億円、借入れ100億円、リース65億円)で、投資の内訳はサービス・ビジネスのコア作りに77億円、データセンターの整備に60億円、著作権/営業権取得に34億円、資本参加に42億円、先端技術の共同研究に10億円などとなっている。

 サービス・ビジネスのコアとは地方銀行向け勘定系/情報系オンライン、中小クレジット会社向けクレジット・信販オンライン、外為オンライン、統合医療情報システムの4つである(後者の3つのシステムは他社から著作権と営業権を取得)。これらを東京、名護(沖縄)、浦添(沖縄)の3カ所に設置したデータセンター経由でサービスを提供する形態で、それを支える技術となる自律コンピューティングや大規模ストレージ運用などの共同研究に取り組んでいる。こうしたオンデマンド・コンピューティング型を目指すニイウスは、医療など新サービスの売り上げを06年6月期には2倍以上の300億円に増やす計画でいる。

 同時に、組織体制を見直す。06年1月に持ち株会社(ニイウス・コー)を設立し、そこに現在のニイウス、IBM製品以外を扱うUDB LINUXジャパン、医療情報システムを担当するニイウスメディカルシステム、データセンターの運用を担当するビックニイウスというグループ会社で構成する体制にする。「4社の性格(事業内容)は違うし、利益率も異なる。それぞれの目的をはっきりさせる」(末貞氏)ためでもある。そして各社の社長に日本IBM出身の40歳代を起用し、オンデマンド・コンピューティング時代の生き残りを探る。ニイウス・コーとニイウスの会長兼CEO(最高経営責任者)となる末貞氏がニイウス社長に就いたのも40歳代だった。