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 7月27日,朝10時50分発ののぞみで神戸へ向かった。兵庫ニューメディア推進協議会主催の情報通信セミナーで講演するためだ。この協議会は兵庫県の情報化を進めるため,自治体や地元企業,大学などが参加して84年に設立され,普及啓蒙活動や調査研究活動を行っている。大阪には出かける機会が多いのだが神戸を訪問するのは10数年ぶりで,震災後の神戸は初めてだ。セミナーには私が主宰する情報化研究会のメンバーがたくさん出席してくれた。これらの人との再会と地元関西の方との新しい出会いがあった。

 さて,早いもので今年も半分以上終わってしまった。この間,大小のトラブルを経験した。トラブルはユーザーに迷惑をかけ,自分たちも苦しむ。起こしたくはないのだが,起きてしまう。だが,ユーザーに対しては不謹慎かもしれないがトラブルほど勉強になるものはない。どんなに経験を積んでもトラブルからは学ぶべきことがある。その多くは技術的ものなのだが,プロジェクト管理のあり方についても考えさせられることは多い。

 筆者が手がける大規模ネットワークの設計・構築においても,システム開発においても,プロジェクト・マネジャー(PM)の果たす役割は大きい。先日IT Proに「『プロマネ残酷物語』を終わらせるために」という面白い記事が掲載された*。記事に解決策は示されていないが,「うまくいって当たり前という評価の低さ」「経営のサポート不足」「報酬の少なさ」といったPMの問題点が指摘されている。若手エンジニアのPM志望は10人に1人しかいない,というのもショッキングな事実だ。まさにエンジニアの危機と言える。

 この半年,筆者はいつものように複数の開発プロジェクトを見てきた。そして考えたのは,各プロジェクトのPMとは別に,プロジェクト・スーパーバイザ(PS)を置くことがプロジェクトの成功とプロマネ残酷物語解消のために有効ではないか,ということだ。今回はプロジェクト・スーパーバイザについて書いてみたい。

トラブル対処は二つだけ

 プロジェクト管理の範囲は,計画策定,進捗管理からユーザーやプロジェクト・メンバーとの公式,非公式のコミュニケーションまでと幅広い。しかしそのポイントは,ユーザーに対して約束したQ(Quality:品質),C(Cost:費用),D(Delivery:納期)を保証し,同時に自社の利益とプロジェクト・メンバーの利益(健康や報酬)を確保することだ。

 したがって,そこで起こるトラブルは,Qにまつわるトラブルつまりネットワークやシステムが期待どおりに動かない,Cについてのトラブルすなわち予定を上回る費用の発生,Dに関するトラブルであるスケジュールの遅延の3種類しかない。

 そして,これらのトラブルへの対処は二つしかない。「いかにトラブルを回避するか=リスクマネジメント」と,起こってしまったトラブルを「いかに迅速・効率的に回復するか=トラブルシューティング」だ。筆者は箸にも棒にもかからない箸棒プロジェクトは別として,「一歩の踏み込み」と「適時適切な人的資源の投入」があれば,リスクマネジメントやトラブルシューティングは成功すると考えている。

 ちなみに箸棒プロジェクトとしてよくあるのは,「無理な予算で受注したプロジェクト」だ。営業が設計の積算を無視して過少な見積もりで受注したプロジェクトを任されたPMほど気の毒なものはない。何とかコストを下げようとして矛先を人材に向けるため,人の量も質も損なわれ,QもDもボロボロ,あげくの果てにゼロから作り直し,といった悲劇が起こることがある。

プロジェクト・マネジャーの難しさ

 トラブルの原因を分析し再発防止策を検討すると,リスクマネジメントではあと一歩踏み込んだ対応,トラブルシューティングでは適時適切な人的資源の投入が重要だということを痛感させられる。

 例えばリスクマネジメントでは,あと1回レビューをしていれば取り除けた手順書のミスや,事例を調べておけば回避できた新製品の設定ミスがトラブルにつながることがある。レビューや事例調査をすることが大きな負担になるわけではない。あと一歩の踏み込み,でしかない。

 トラブルシューティングでは,適時適切な人材を投入することが肝要だ。以前このコラムに,トラブルシューティングの二つのポイントとして,事象の正確な把握と直せる人材が現場にいるかどうかを見極め,いなければ連れてくること,と書いた。当たり前のことをすればいいのだが当事者として先手,先手で判断し,人のアサインを適切にすることはそう簡単ではない。わずかなコスト増を気にして人の投入を躊躇した結果,傷口を広げたり,障害から回復するまでの罹障時間を長くすることがままある。

 家康は「及ばざるは過ぎたるより優れり」といった。しかしトラブル対応は,「過ぎたるは及ばざるより優れり」だ。ちょこちょこと逐次的に人を投入するより,ちょっと多いかと思う程度の手当てを一度にしたほうがよい。そこまでしなくても良かったと後で分かったら,それはラッキーなのだ。

 だが,プロジェクトの現場でPMは「一歩の踏み込み」や「適時適切な人的資源の投入」ができないことがある。それは当事者としてプロジェクトに没頭しているからこそ,見るべきものが見えなくなるからだ。マネジメントの品質低下が起こるのだ。ここにPMの難しさがあると思う。PMが多忙すぎるからマネジメントの品質が落ちるのだろうか? 箸棒プロジェクトならそうかもしれない。しかし多くの場合,「忙しいからマネジメントできないのではない。マネジメントの品質が悪いから忙しくなるのだ」という命題が正しいと思う。

プロジェクト・スーパーバイザの役割

 プロジェクト・スーパーバイザの役割は見るべきものが見えなくなり,マネジメントの品質が低下したPMを救うことだ。PSはプロジェクトに没入するのではなく,離れたところからプロジェクトを鳥瞰してPMに適切なアドバイスや指示を出し,いざという時には速やかに現場に出て,PMとともに問題解決にあたる。

 PM手法の全社的標準化や品質管理,個々のプロジェクトの監査や支援を行う組織としてPMO(Project Management Office)がある。PSと似ているが,三つの点でまったく違う。第1にPMOが個々のプロジェクトに責任を持たないのに対し,PSはPMと同等かそれ以上にQCDに対して責任を持ち,したがってPMに対して指示する権限も持つことだ。当然,PSは自分が見ているプロジェクトの成否によって業績が評価されなければならない。二つ目の違いはPMOがMonthly程度でしかプロジェクトをチェックしないのに対し,PSはタイムリーに,必要とあればリアルタイムに見ることだ。そして第3に,PMOは自ら動くことはないが,PSは臨機にプロジェクトの中へ入って動くことだ。

 PSはQ,C,Dのうち何に一番注目すべきだろうか。筆者はQ(品質)だと思う。Qを保つことが結局はコストを抑え,納期を守ることにつながる。Cを抑えることにばかり目がいき,Qをおろそかにすると,大きなしっぺ返しにあって費用がとんでもなく増えたり,納期が大幅に遅延することはありがちなことだ。PMが見るべきものが見えなくなった典型は,QCDにかかわる事柄の優先順位がつけられなくなった状態だ。そんな時,「あと一歩の踏み込み」や「適時適切な人的資源の投入」ができなくなる。PSはそれを察知し,速やかに是正しなければならない。

 実はここまで書いたことは,プロジェクトを見る仕事をする者として,こうなりたいという筆者自身の願望だ。その動き方にプロジェクト・スーパーバイザという名前をつけたに過ぎない。まだちゃんと動けていないから,トラブルは起こるのだ。

ポジティブ

 神戸の講演会には,遠く東京や名古屋から来た人も含め情報化研究会の方が10人あまり参加してくれた。終了後,会場を出ると女性が何か言いたそうに立っていた。声をかけると,「京都大学経済学部の学生です」と自己紹介した。私の講演を東京で聴いた友人に勧められ,『ネットワークエンジニアの心得帳』を読んだ。経済の勉強をしていると日本はネガティブなことばかりだと悲観的になっていたが,この本を読んでポジティブな世界もあるんだ,日本もまだまだ捨てたものじゃないと元気が出たとのこと。私の本を読んで,経済学の学生が感激してくれるとは思わなかったが,嬉しかった。

 この女性も入って,10数人で打ち上げをした。会場のレストランからは,神戸港の夜景がきれいに見えた。

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松田 次博情報化研究会主宰。1984年より,情報通信に携わる人の勉強と交流を目的とした情報化研究会を主宰。近著に,本コラム30回分をまとめるとともに,企業ネットワーク設計手法について新たに書き下ろした『ネットワークエンジニアの心得帳』がある。NTTデータ勤務。趣味は,読書(エッセイ主体)と旅行。