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図1  人材育成に関する負の連鎖、正の連鎖
図1 人材育成に関する負の連鎖、正の連鎖
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図2  組込みソフトウェア技術者の教育を行う際の課題<BR>重要と思われるものから1,2,3として回答してもらった。1番重要な課題として「技術者の時間がとれない」を選択した回答が全体の約50%を占めている。
図2 組込みソフトウェア技術者の教育を行う際の課題<BR>重要と思われるものから1,2,3として回答してもらった。1番重要な課題として「技術者の時間がとれない」を選択した回答が全体の約50%を占めている。
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 エンタープライズ系のソフトウェア開発では,「2007年問題」が騒がれている。大規模システムの開発に精通した,団塊世代のベテラン技術者が2007年ころに大量に退職し,ノウハウが引き継がれない問題に警鐘を鳴らしたものだ。雑誌が火付け役になり,新聞やテレビなどでも大きく報道された。目にした読者も少なくないだろう。

 では,組み込みソフトウェア開発の現場はどうだろうか。事情は組み込みソフトウェア開発でも変わらない。現場をリードしてきた世代の役割や技術を引き継ぐことは焦眉の急である。さらにはさまざまな変化に対応でき,イノベーションを創造できる人材の育成が求められている。確かに日本は,「組み込みシステムに強い」と言われている。しかし安閑としてはいられない。人材育成に失敗すれば,これまで培われてきた知識や技能が継承されず,現在の優位性は足元から崩壊しかねない。

現場では人材育成が負担に

 人材育成は一朝一夕ではできない。時間やコストがかかるし,現場に負担を強いる部分もある。しかし人材を確実に育てていかなければ,ソフトウェア生産技術や品質の向上は見込めない。結局,とがめは企業に跳ね返ってくる。企業の収益性が悪化し,結果として人材育成の予算が確保できなくなるといった負の連鎖に陥りかねない(図1[拡大表示])。

 この連鎖を断ち切るには,人材育成に関する「コスト」「ノウハウ」「時間確保」の課題に立ち向かい,正の連鎖に回転させていく方策を考え,実施していかなければならない。

 しかし言うはやすし,行うは難しである。多忙を極める組み込みソフトウェア開発の現場に,人材育成の視点を取り入れることは決して容易ではない。目先のことで精一杯だ。そもそも,現在行われている組み込みソフトウェア技術者の育成は,企業や現場にとって大きな負担となっている。

 (図2[拡大表示])は,経済産業省が行った「組込みソフトウェア産業実態調査」で,人材育成の課題に関する質問への回答結果である。ダントツに多かった回答は「技術者の時間がとれない」。これを最大の課題として挙げた回答がほぼ半数に及んだ。つまり,多忙を極める組み込みソフトウェア技術者にとって,研修などに参加する時間を工面することすら難しいというのが実態といえる。

 研修に参加するには作業の調整が必要になるが,小さな組織になるほど実業務への影響が大きくなる。結局,人材育成よりも業務を優先し,作業調整を断念してしまう。

大学に“組み込み学科”が誕生

 2番目に多かった回答「人材育成のための人材が足りない」にも注目すべきだろう。

 これまで組み込みソフトウェア分野の人材育成は,開発現場で先輩社員が後輩を教育する徒弟制度のような形式が多かった。しかし,組み込みソフトウェアの大規模化や複雑化に伴い,従来の方式では対応できなくなりつつある。例えばソフトウェア開発の効率を高めるために,オブジェクト指向の開発方法論を取り入れようとしても,教育できるスキルを備えた人材が社内に存在しないといった状況が生まれている。

 3番目と4番目には,「予算確保が困難」「教材が入手困難」といった,コストやノウハウにかかわる問題が入った。いずれも,簡単には解決できない重たい課題として企業と現場にのしかかっている。教育カリキュラムを独自に構成し,教材やテキストを開発するには,蓄積されたノウハウと相当のコストが不可欠である。1企業が単独で対処するには少々荷が重い。

 こうした課題に対処するために外部の組織を利用するのも一つの手である。例えば,組み込みソフトウェア開発技術者や管理者の育成に関する活動を行っている,NPO法人のSESSAME(組込みソフトウェア管理者・技術者育成研究会)を利用してみる。SESSAMEには問題意識を持ったメーカーの技術者や,大学の教育者・研究者が多数参加して,実践的な組み込みソフトウェア教育コンテンツの開発と提供,教育セミナーの立案と実施,講師の育成などを手がけている。

 名古屋大学も,NEXCESS(名古屋大学組込みソフトウェア技術者人材養成プログラム)プロジェクトで,社会人向けの教育カリキュラムを提供している。NEXCESSは,文部科学省の科学技術振興調整費を有効活用し,カリキュラム受講者のコスト負担を抑えているところに一つの特徴がある。

 このほか東海大学は2006年4月に,情報理工学部にソフトウェア開発工学科を開設する。この学科では,実践的な組み込みソフトウェア開発技術を習得するための実習や演習などを充実させている。国内の半導体メーカーの共同出資によって設立されたSTARC(半導体理工学研究センター)では,SoC(System-on-a-Chip)開発技術者のすそ野拡大を目的とした教育セミナーの実施や,教育カリキュラムの開発などを行っている。社会人向けの教育だけでなく,大学の講座に向けた教材の開発や講義・実習の支援を実施しているところも,STARCの特徴の一つである。この活動は2001年から始まり,STARCで作成されたテキストを利用している大学の数は,既に22校(2005年7月時点)に達している。

カフェテリア方式でスキルを獲得

 時間と予算,教育カリキュラムが揃えば万全かというと,実はそうではない。研修を受けることで習得できる,スキルや知識などの範囲やレベルの具体的な指標がないことが問題になる。

 現状では,さまざまな研修コースや教材が提供されても,受講者が求める技術項目とレベルに合致した内容かどうかを客観的に判断できない。目的や目標を持って研修コースを受講しても,その範囲やレベルが不適切であれば,所望の成果を上げられないことになる。教材や研修に目的のレベルや範囲が含まれていたとしても,既に習得済みの内容や実務上必要としないものだと,やはり困る。何とかひねり出した時間とコストのムダになりかねない。

 こうした状況を考え,組込みスキル標準(ETSS)を策定中の「組込みソフトウェア開発力強化委員会」は,教育カリキュラム・フレームワークを検討中である。

 このフレームワークでは,ETSSのスキル基準やキャリア基準と関連付けることで,研修コースなどで習得できる技能/知識の範囲やレベルを明確にする。つまり「特定のスキルを習得する」あるいは「目標の職種へキャリアアップする」などの目的に応じた教育手段を選択する際の指標を提供することを目指している。例えば研修の受講者はカフェテリアのように,必要とするものを必要な量だけ選ぶといったことが可能になる。