タイ・バンコクの科学技術館前で、記念撮影を済ませた日本チームが引き返そうとした、そのときだった。「日本のチームが特別賞を受賞しました。会場に戻ってください」。1回目はリタイア。だが、2回目の競技で飛び出した6秒24という中学部門の大会最速タイムが評価され、東京の中学生チームがメダルを獲得したのだ。入賞を逃して帰路につくはずだった日本勢が、最後に沸き立った。
アジア近隣諸国から小学生、中学生、高校生が集まり、自ら作ったロボットで競技をする国際大会「WRO(ワールド・ロボット・オリンピアード)2005」が11月5~6日、タイのバンコクで開催された。昨年に続き、今回が第2回。韓国、シンガポール、台湾、中国、ロシアなど12カ国から124チーム460名が参加した。
競技には、レゴのロボットキット「マインドストーム」を使う。モーターやセンサー、車輪をブロックのように組み合わせて車体を作る。次にパソコンの専用ソフトで作ったプログラムを制御ユニットに転送すると自立的に動作するロボットができる。
日本からは10月の国内大会で選抜された神奈川県、東京都、栃木県、福井県の計5チームが参加した。選択授業や部活動、各地のロボット講習会を通して生徒たちがチームを結成。国際大会に向け、放課後や週末を利用して、準備や研究を進めてきた。合同練習をして、お互いに情報交換するという動きもあった。
不測の事態が連発
バンコクに到着した参加者は、大会前日の朝から最終調整に入った。ところが早々に不測の事態が連発する。練習場に置かれた本番用のコースが日本勢の想定とは、微妙な違いがあったのだ。
例えば、コースの壁の高さがやや低い、照明が暗くて光センサーの感度を定めにくいといった問題があった。床の青いパネルを光センサーで判断する競技では、白パネルの周囲に細かい溝が入っていた。この溝をセンサーが検知すると、色が付いていると誤認識することもあった。
ロボットの構造やプログラムの修正に時間は費やされ、夕方にさしかかってもロボットはなかなか思い通りに動かない。競技ルールの説明会をはさみ、チームによっては夜の11時までロボットの調整を続けた。ロボットを部屋に持ち込み、作業を続けた参加者もいる。親元を離れて、言葉も通じない、初めての外国で、ひたむきに作業を続けた生徒たちの気力と集中力は驚くべきものだった。
大会当日は日本の苦戦が続いた。綱引き競技「Tug of War」は福井の小学生チームが参加。歯車をうまく組み合わせ、小型でも強い力を出せる機体を作った。対戦相手はロシア。力では勝り、じわじわと相手を引いたものの進路が左にそれて、無念のコースアウトとなった。
綱引き以外の競技は、ゴールに到達するまでの時間を計測する。競技を2回繰り返し、2回の合計タイムで優勝を決める。つまり1回でも失敗したら、入賞は難しいというわけだ。
8の字走行の競技「Pretzel Puzzle」は福井の小学生チームが挑んだ。快調にコースを進んだが、最後のカーブを曲がりきれず、コース外に飛び出てしまった。コース途中までの中間タイムでは大会最速だったというだけに惜しい。
床の青いパネルを識別してゴールを目指す「Bangkok Traffic」では、宇都宮工業高校、玉川学園の高等部と中学部、横浜市立田奈中学校が参加したが、リタイアが続いた。
0.01秒でメダル獲得
壁で仕切られた迷路を抜ける「Hockey Practice」競技ではハプニングが起きた。機体の審査中、玉川学園中学部チームのセンサーが1つ多いことを審判が指摘。競技直前のルール変更で、センサーの数が減らされたことに対応していなかったのだ。このままでは失格だが、5分以内に修正すれば参加を認めると審判が言う。
「5分あれば、できます」と伝えた2人のメンバーは、走ってピット席に戻り、スタート後の位置調整だけに使っていた光センサーを取り外した。そのセンサーを使うプログラムの一部を取り除き、ロボットに転送。3分ほどで競技場に戻った。このスピードには審査員も驚いた表情を見せた。
1回目の走行では壁に衝突して停止したが、ここであきらめずに、2回目までの整備時間にプログラムを調整。方向転換の動作時間をわずか0.01秒だけ長くした。この微調整の効果で、2回目の走行では6秒24という好タイムをたたき出した。
これら4つの競技で、1~3位のメダルを最も多く獲得したのは開催国のタイで8個。続いてシンガポールの5個。
ロボット教育を通して、生徒の創造性や技術に対する理解を高めようとする動きはアジア各国に広まっているようだ。現地バンコクの小学校教師は「6歳からレゴの組み立てを始めて、次第にメカの構造やプログラミングを教えている」と話す。シンガポールで中学校のロボット部を率いる教師は「自動制御の基礎を学ぶことができるほか、問題解決のスキルも身に付く」という。この中学では、生徒の管理・経営能力を高める訓練として、生徒自身が企業を訪ねてロボットのプレゼンをし、活動費の支援を集めている。
日本チームは、こうした海外の強豪と同じ舞台で力の限りを尽くした。不測のトラブル、時間の制限、言葉の壁にも正面から向き合い、最後までやり遂げた。お互いのTシャツに寄せ書きをする生徒達の顔は、ひとまわり大きくなったという自信に満ちていた。