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●コンタクト・トラッキング&マネジメント・ソフトウエアの系譜
●コンタクト・トラッキング&マネジメント・ソフトウエアの系譜
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 マーケティングにおいて何かをひもとこうとすれば、誰もがたどり着くのがマーケティングの大家、フィリップ・コトラーの著作であろう。この地球上で、マーケティングの全領域を網羅する著作を有する識者はコトラーただ1人だと筆者は認識している。

 筆者は学生時代にコトラーを学び、マーケティングの実務に携わるようになってからはその理論を実践する機会に何度も出会ってきた。さらに最近、フィリップ・コトラーの解説書を作るという少々勇気のいる仕事も手がけた(『コトラーのマーケティング戦略』、PHP研究所)。それらを通じて改めて痛感したのが、日本のCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)におけるマーケティング理論の不在、あるいは軽視という現実である。

 現在のマーケティング全般は、1990年代に米国で始まった「IT革命」に多大な影響を受けている。しかし日本のマーケティング専門家の多くはそのことに気づいていないか、既存路線の墨守といった姿勢が散見される。一方でITの専門家たちは、情報化の進展によってマーケティング活動の形態が変わり、歴代の多数の賢人によって形成されたマーケティング理論はもはや適用できなくなった、といった風潮だけを声高に叫んでいる。現在、日本のマーケティングのIT化は、そうした両者の狭間にあると言えそうだ。

 その狭間がなぜ生まれたのかいろいろ考えてみたが、おそらく日米のマーケティング教育の違い、マーケティングの専門性認識の違いがその背景にあるだろうというのが筆者なりに行き着いた答えである。

 本連載では12回にわたって、コトラーに学ぶマーケティングの理論を踏まえながら、マーケティングにおけるITの適用の仕方を論述したい。拙著『コトラーのマーケティング戦略』ではページ数の制約から含めることができなかった事柄も整理して、企業経営におけるマーケティングの役割とIT化が及ぼす影響の解説と助言を試みたい。

 現在既にマーケティング・マネジメントの職務にかかわっており、IT化の風波にさらされてCRMソフトウエアの購入決定を迫られておられる方々には、プロジェクトをどのような観点から推し進めるのがよいかを伝授できればと思う。一方でITの専門家には、CRMプロジェクトでアプリケーションの導入、適用の先に待ち構えている事態と、それが意思決定者であるマーケティング責任者を逡巡させているという視点や事実が示せればと思う。

 読者諸兄からの異論、反論、指摘、それに要望、等々お寄せいただきたい。それこそが、インタラクティブな時代の有り様だと考えているので。

コンタクト管理とトラッキングの重要性

 コトラーはその著作の多くで「顧客との関係」を論じている。どのような事業活動であれ、顧客の存在を抜きにしては事業の持続的な存続が不可能だからである。

 プロ野球の1リーグ制や球団合併などの騒動は、観客やファンの存在を球団経営者がどのように認識するかの踏み絵の様相になってきている。観客やファンは、マーケティング上は顧客(カスタマー)なのだ。現在の日本の球界は顧客不在である。

 三菱自動車の体たらくも、ダイエーの再建計画にまつわるゴタゴタも顧客視点からは全く評価できない。顧客の支持を再び取り付けるまでの道のりは遠そうだ。顧客視点があれば解は案外簡単に見いだせる。つまり、どれくらい顧客が支援してくれるか、買い物を続けてくれるか、で将来は決まる。そこで企業の将来を左右する顧客の存在を、如実に描き出せるのがコンタクト情報(データ)なのだ。

 だから企業は顧客とのコンタクトの記録を積極的に収集して、それを分析し、対顧客政策を立案し、顧客が高頻度に自社の製品を購買するよう働きかけるという活動に専心する必要がある。それこそがマーケティングの本質でもある。

コンタクト・トラッキングの系譜

 この分野におけるソフトウエアの系譜を見てみると、日米の知見の差がなぜ生まれてきたのかが理解できる。

 実は、コンタクト情報をITで組織的に収集し、マーケティング活動に最初に使ったのは、旧AT&Tが1984年に分割されて長距離電話会社として残ったAT&T社である。80年代の中ごろのことだ。

 電話会社が手に入れたコンタクト情報は、交換機の電子化によってもたらされたジャーナリングされた通話記録である。POS端末のロール紙(ジャーナル)に記録される販売データに、顧客個人の識別データ(電話番号というID)が付加されているものを思い描けば分かりやすい。これは、トランザクションとも呼ばれる。

 AT&TはITを利用して、この購買記録(電話の場合は通話利用記録)に、顧客との対話記録を融合させることに成功した。そのシステムは開発者の名前を冠してブロック・コントロール・システムと呼ばれた。UNIX上で動作するこのアプリケーションはAT&Tから外販もされた。開発者はAT&Tからスピンアウトして、ブロック・コントロール・システムズ社を設立し、コンタクト・トラッキング・システムの本格的な販売に進出した。現在はファーストウェーブ・テクノロジーズという社名に変わっているが、そのホームページには誇らしげに「Since 1984, Firstwave has been a leader in the development of customer-focused solutions. 」と掲げられている。

 20年も前に米国で既にコンタクト・トラッキング&マネジメントの概念が存在し、しかもそれを実現するソフトウエアが登場している。この事実をどう解釈するかだが、筆者はマーケティングの知識と経験の蓄積があったからこそと考える。

 つまり米国では80年代の中ごろから顧客との接触(コンタクト)を情報として収集し、販売活動やマーケティング活動に利用するという組織的な動きが始まっていた。CRM隆盛の基盤が育まれたのだ。ところが20年後の日本を見ると、この分野については未だに末梢的で表層的なソフトウエア技術の評価論争にとどまっている感がある。

 90年代に入ってブロック・コントロール・システムズ社は記憶に残る広告をいくつかの雑誌に掲載した。アーサー・ミラー著の名作、「あるセールスマンの死(Death of Salesman)」(ペンギン・ブックス)の表紙カバーに、「あなた方は1つの販売方法をいつまで墨守するつもりなのですか?」というコピーを付けたものである。この広告は、マーケティング・チャネルのマルチ化(販路は複数あらねばならない)という主張を見事に説明したもので、テレセールスとかテレフォン・アカウント・マネジメント(TAM)という販売活動形態が米国企業に採用される契機の1つとなった。

 もう1つ言うと、コンタクト・トラッキング&マネジメントというのは「ファイリング」の文化である。これも日本では十分に定着していないようだ。米国では、仕事の場で手紙やメモを案件別や顧客先別にファイリングする(つまり記録を保管する)習慣が一般的である。「ログを残す」と言い換えればITの専門家には理解されやすいだろう。かつてのロッキード事件で、ピーナツ数個の領収書が話題になったのも、このファイリングの文化があってこそである。

 この文化は、コンピュータ・システムの運用管理とかレガシー・システムのプログラム開発にも引き継がれている。ただ、パソコンのOS(MS-DOSやWindows)には引き継がれなかった。システムの操作と動作の記録がジャーナリングされず、復元のためのバックアップを作成するという習慣が受け継がれなかった。

 記録を、送り出したメッセージと、それに対する反応の双方を顧客とか消費者とかいう単位で捉えたのがコンタクト記録やコンタクト履歴である。だからデータベース・マーケティングに当時、注目が集まった。(次回に続く

多田 正行(ただ まさゆき)氏:1947年生まれ。ロッテリア、チーズブロー・ポンズ・ジャパン・リミティッド、日本タッパウェアなどでシステム企画に携わった後、93年に独立。現在「eCRM塾」主宰。著書に「売れるしくみづくり」(ダイヤモンド社)、「コールセンター・マネジメント入門」(悠々社)、「コトラーのマーケティング戦略」(PHP研究所)など。