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図2  世界の法制化の動向<BR>図中で濃いグレーはすでに法律として施行されている国々である。薄いグレーはガイドラインにとどまっている国々を示している,白はそのいずれもないことを表す。W3C資料などを参考に独自に作成した。
図2 世界の法制化の動向<BR>図中で濃いグレーはすでに法律として施行されている国々である。薄いグレーはガイドラインにとどまっている国々を示している,白はそのいずれもないことを表す。W3C資料などを参考に独自に作成した。
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図3  代替テキストの付加されている画像の割合&lt;BR&gt;ランダムに抽出した米国の政府関連機関6サイトの調査結果。
図3 代替テキストの付加されている画像の割合<BR>ランダムに抽出した米国の政府関連機関6サイトの調査結果。
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法律やJIS規格による改善

 上述した問題は技術だけでは解決できず,Web制作者側の理解と協力が必要であることに,私はすぐに気づいた。この問題意識が今やWebアクセシビリティの問題として世界中に広がっている。次に述べるようなガイドラインや法律が整備され,徐々に改善されようとしている。

 米国ではアクセシビリティを保障するため法律制定の議論が1990年代から始まり,2000年代には強制力のあるリハビリテーション法508条(以下508条)として結実した。日本でもJISによるWebアクセシビリティ標準など数多くの標準や関連法案が公開されている。このほか世界的に法制化は進んでいる(図2[拡大表示])。

 508条では,米国政府および関連機関に納入する情報機器や,Webサイトなど情報公開に用いる電子情報技術(Electronic and information technology)は,すべて障害者もアクセスできるものでなければならないと定められている。そのために満たすべき項目が公開されており,満たさない場合は入札において不利になる。

 例えばボタンやレバーなどは,片手で操作できなければならない(1194.23(k)(2))。これに基づき,最近のラップトップ・パソコンは片手で開けられる機種が増えてきた。

 Webに関しては16項目が定められている。例えば「すべての,テキストではないエレメント(画像など)には代替テキストを付加しなければならない(1194.22(a))」とある。入札,発注などすべてのプロセスでこういった16項目を満たすよう要求されている。

法律や標準の効果は大きい

 法律の効果は絶大だった。(図3[拡大表示])はランダムに抽出した米国の政府関連機関6サイトに対し,過去6年間の代替テキストの有無を調査した結果である。508条が施行された2001年に数値は急上昇しているのが分かる。

 また,日本の大手新聞社サイトに対し同様に調査したところ,2004年から2005年にかけて各サイトのアクセシビリティが大きく向上していた。ちなみに日本において,JISアクセシビリティ標準が公開されたのは2004年である。ここでも,ガイドラインによる影響が見て取れた。

法律が技術を後押し

 さらには法律が技術を進歩させる例も出てきている。PDFを例に見てみよう。

 PDFが各政府機関で公式フォーマットとして検討されたとき,もっとも大きな問題の一つがアクセシビリティだった。スクリーン・リーダーを用いて正しい順序で読み上げられない,あるいはセキュリティ機能をオンにすると読み上げやテキスト変換がまったくできないなど,問題が数多く噴出した。

 もともとPDFは,美しく印刷することを目的に開発されたもの。アクセシビリティにはなじまない構造になっていた。しかし,508条では「Webコンテンツをアクセシブルにできない場合,テキスト形式のコンテンツを用意しなければならない(1194.22(k))」と定めており,PDFも最低限テキストに変換できるようにする必要がある。

 そこで米Adobe Systems社は,アクセシビリティのための仕様を追加した。具体的には,ある手順にのっとってPDFを作成すれば,ファイル内に画像の代替テキストや読み上げ順序,見出しを示すメタ情報が埋め込まれ,アクセシブルなHTMLに変換する仕組みである。さらに最新のバージョン「Adobe Reader 7.0」では,PDF内のテキストを解析し読み上げ順序を整える機能や,セキュリティ・ロックがかかっているコンテンツも読み上げられるようにする機能などが付加された。まさに格段の進歩と言える。このように,法律による強制力がアクセシビリティを大きく前進させられるのだ。

CSRとしてのアクセシビリティ

 法律による強制力がない日本においても近年,Webアクセシビリティに取り組んでいる企業や公共機関が増加している。なぜ,企業や公共機関はWebアクセシビリティに注目するのか。最も大きな理由は「CSR(企業の社会的責任)の一部としてのWebアクセシビリティ」であろう。CSRは環境や顧客対応,社員への配慮など広範な事柄を含む概念だ。

 アクセシビリティへの取り組みは,企業が目的とする「利益向上」とは直結しないため,企業が進んで実践するのは難しい。実際,「Webのアクセシビリティを向上させるには予算獲得が必要だ。社内承認を得るためのシナリオを考えているが,何かよい考えはないか」という質問をセミナーで受けたことがあった。残念ながら多くのサイトにおいて,Webのアクセシビリティに取り組んだ結果と利益向上を結び付けるのは困難だ。

 こうした事情によりアクセシビリティへの取り組みは滞りがちだったが,CSRという視点が加わったことで,利益向上と直結させることに固執しない取り組みが次第に重要性を増してきている。CSRの一部として取り組むことは,アクセシビリティが高い情報環境の提供が企業のブランド価値の向上,しいては優秀な人材の確保や市場評価につながっている。

認知度向上への課題

 CSRという動機付け以外に,インターネットがもつメディアという側面もアクセシビリティの拡大に寄与するだろう。2004年のインターネット広告の市場規模はラジオを抜き,テレビ・新聞・雑誌に次いで第4位になった。このようにメディアとして地位が向上することが,企業がWebアクセシビリティに取り組む大きなモチベーションになることを期待したい。

 また,アクセシビリティを達成したサイトに対する評価の仕組みも必要ではないだろうか。私はアクセシビリティが高いサイトに出会うと,そのことを多くの人に伝え,そのサイトの努力に感謝したいと思う。残念ながら,現在はこの感謝の気持ちを広く示す方法がない。これが,アクセシビリティの注目度は向上しているにもかかわらず,企業が今一歩投資を決められない要因になっているのではないか。マスメディアの協力など何らかの方法で,アクセシビリティが高いWebサイトのランキングなどが定常的に分かるようになれば,競争力も認知度も向上できるかもしれない。


浅川 智恵子 Chieko Asakawa/日本アイ・ビー・エム 東京基礎研究所 主席研究員

日本アイ・ビー・エム 東京基礎研究所 主席研究員
中学時代にプールでの怪我がもとで失明。1982年に大学の英文科を卒業。1985年に日本IBM入社。2004年に東京大学工学系研究科博士課程終了。入社後はアクセシビリティ技術の研究開発に従事。1997年に視覚障害者でもネットサーフィンが楽しめるソフト「ホームページリーダー(HPR)」を開発。現在11カ国語に対応。2004年に視覚障害者や高齢者にとってのウェブサイトの使い勝手を評価できるソフト「エーデザイナー」を開発し,現在体験版が公開中。これらの功績により,1999年厚生大臣表彰を受賞,2003年に米国女性技術者団体WITI(Women In Technology International)が選定する女性技術者の殿堂入り,日本女性科学者の会功労賞受賞,日経ウーマンWoman of the Year 2004で総合2位,2004年第3回日本イノベーター大賞(日経BP社が主催)において優秀賞を受賞。