環境よる操作の変化をとらえる
ドライバの操作をセンシングすることで異常状態を発見する研究を行っているのが産業総合研究所 人間福祉医工学研究部門の赤松幹之部門長だ。
赤松氏のアイデアは適切なタイミングで運転したときを正常,そうでないときを異常運転と見なすというもの。例えば,交差点まで直進し,一時停止後,右折する場合を考える(図6[拡大表示])。このとき,ドライバは交差点の手前にさしかかると,方向指示器を出し,ブレーキペダルに足を置き,ブレーキをかけて停止するという一連の動作を行う。
もし,一連の動作のタイミングが分かっていれば,それぞれの動作が遅れたときに異常を検知し,警告を出せる。例えば「そろそろ方向指示器のスイッチを入れないといけないのに,オンではないから交差点に気づいていないのではないか」と推測できる。
ところが,これが難しい。個々のドライバによって方向指示器を出すタイミングはさまざまだし,ブレーキ・タイミングにも幅がある*5。同じ人でも精神的な状態によってタイミングは微妙に違うだろう。また,これらの動作は先行車両や対向車両があるか,道幅が狭いか,夜なのか昼間なのか,雨は降っているか,歩行者がいるかなど周囲の状況によってタイミングが変わってくる。
統計的に異常運転を割り出す
そこで赤松氏が考えたのが,ドライバの個性と周囲の状況によって運転動作のタイミングにどのような相関があるか調べることだった。
まず,道路状況によるタイミングの違いを調べるために,周囲や人の動きを調べるセンサーやカメラを搭載したクルマを製作し,被験者に運転してもらった。被験者数は20歳から71歳の男女92名(男性59名,女性33名)。総走行距離は約3万1000kmになった。
一方で,個性を調べるために,被験者に運転後のアンケートを実施した。スピードを出すタイプか,交通ルールを守るかなどを質問することで,運転の几帳面さなどを把握するのが狙い。また,ヒヤリやハッとした場面があったかどうかも聞いており,もし体験した場合にはその地点を聞いてデータ化した。
このデータを使って一時停止時に周囲の状況や運転行動とどのように相関しているか調べた結果が図7[拡大表示]だ。例えば,几帳面な性格かどうか,雨が降っているかなどによって,ブレーキ開始までの時間が変わることが分かる。
このデータを使えば,周囲の状況に応じてブレーキ開始時間タイミングがどのような確率分布になるかを出すことができる。「この分布のうち,上下5%に入った場合を異常と考える」(赤松氏)のだという。データベースを活用することで,曲がり角や交差点など他のケースも解析できる*6。
現在,東名高速を夜間運転するトラックにセンサーやカメラを取り付けて計測を行っている。周囲がどういう状況のときにドライバは先行車両に追随し,またどのタイミングで追い越すのかを調べるのが狙いである。現在のところ,天候が雨か晴れか,先行車が乗用車かトラックか,積載量はどの程度か,などによって運転行動が変わってくることを確認した(別掲記事「クルマのいい加減さを伝えることが重要」参照)。
「センサーを大量に搭載すれば,ドライバの運転動作の異常を細かく検出できる。しかし,異常を検出して,どういった警告をするのか,どういった制御を行うのか。そこをまず考える必要がある」(赤松氏)。
クルマのいい加減さを伝えることが重要
クルマがドライバの状態を見るようになれば,人とクルマの関係は変わってくる。例えば,クルマが持つ能力以上に人が頼りすぎてしまうかもしれない。逆にアラが目立ちすぎると不信につながる。 過信や不信を生まないための方法として,産業総合研究所人間福祉医工学研究部門の赤松幹之部門長は「クルマの認識能力の限界を常にドライバに知らせる仕組みが重要だ」と指摘する。つまり,クルマが今何を監視していて,それを解析した結果,何を危険だと感じているのかをドライバに包み隠さず開示する必要があるというのだ。 「昔のカー・ナビゲーション・システムは非常に能力が低く,自分が実際に走っているところと全く違う場所を指すのが当たり前だった。ドライバ側もそのダメさ加減を考慮しながら運転していた。今のカーナビはかなり進化しており,信頼性は高いため,安心して使える。これと同様にクルマの認識能力のいい加減さをドライバに示せれば,過信や不信はまねかずスムーズに導入できるのではないか」(赤松氏)と考える。 |