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「まったく見えない」ユーザーへの配慮が課題

 ところが(2)や(3)には大きな課題がある。「見えにくい」ユーザーへの対策は実現可能だが,「まったく見えない」ユーザーを考慮した対策はなかなか期待できないことだ。ユーザー・インタフェースの実現において,ニーズと価格は常にトレードオフの関係にある。少しでもコストを削減するためには,少数派のニーズを汎用機器の中に組み込むことは難しい。

 携帯電話の場合,現状の端末はメールの送受信に関連したコマンドを読み上げることはできる。しかし,本文の日本語入力時には読み上げられない。そのほか問題点の多くは技術的には容易に解決できるはずなのに,あと一歩が足りていないものが多い。RFIDの場合もおそらく,「見えにくい」ことを配慮してリーダー側に表示拡大機能が実装されるかもしれないが,「まったく見えない」ことを想定した技術群は組み込まれにくい。

 高齢化社会の到来は,アクセシビリティをビジネスとして成立させられる大きなチャンスである。このときに,技術的には実現できる障害者ユーザーへの適切な配慮を怠ってはならない。

見えない・聞こえないが前提の設計仕様

 私はすべてのインタフェースを設計する際に,「聴覚だけでの利用(まったく見えない状況での利用)」と「視覚だけでの利用(まったく聞こえない状況での利用)」を考慮すべきだと考える。つまり発想を転換して,「見えなくてもすべての機器を使えることは,すべての機器が備えるべきごく当たり前の設計仕様のひとつに過ぎず,競争力を維持するためには必ず必要である」と考えればよい。

 例えば,まったく見えないユーザーによるユースケースを入れて機器を設計してみてほしい。すると「機器がしゃべる」ことを当然と思うところからスタートするのではないか。合成音声は安いチップを用いてもかまわない。音声読み上げ機能があるとないとでは大きな違いだ。

 Webコンテンツの開発では,初級レベルをまずはクリアしてほしい。もし上司にコストがかかると言って却下されそうになったら,「他社との競争」を主張するのはどうだろうか。実際,他社との競争によってアクセシビリティを向上した例が数多くある。

 好例が日本の新聞社のWebサイトだ。これらは現在,アクセシビリティがかなり高い。実は1社がアクセシブルなWebサイトを開発したところ,その会社の評判と他社サイトの悪評がじわじわと伝わり,ついにはすべてのサイトがアクセシビリティを宣言するに至ったのである。

真のユビキタスに必要なアクセシビリティ

 「見えなくても使える,聞こえなくても使える」インタフェースは,“すべての人にとってアクセシブルな社会”を目指すとき必須である。聴覚だけを用いるユーザーは視覚障害者が大多数かもしれないが,視力低下が進んだ高齢者や,まだ漢字を正しく読めない子供,漢字を含む日本語は読めないが聞き取りが可能な外国人,文字を読めない学習障害者など,たとえ少数であっても恩恵を受けるユーザー層は確実に存在する。

 前編の冒頭で述べたように,ユビキタス社会の到来が間近に迫った今,我々は“真のアクセシビリティ”を実現できるかどうかの岐路を迎えている。誤った解釈が広まれば,それが「真実」になってしまう恐れがある。ユビキタス時代が進展した後で,アクセシブルでないということが明らかになったのでは遅すぎる。

 このような失敗を起こさないためにも,今は非常に重要な時期である。アクセシビリティは自分とは無縁だと思うのではなく,「視覚を利用しないで機器や情報にアクセスするにはどうすればいいか」という視点を持ってほしい。エンジニアの方々は,高齢者も子供も障害者もだれもが安全に暮らせる社会を目標に,機器やソフトウェア,コンテンツを作成してほしい。私も,そんなエンジニアとユーザーの両方を助けられるような研究を進めていきたい。


浅川 智恵子 Chieko Asakawa/日本アイ・ビー・エム 東京基礎研究所 主席研究員

日本アイ・ビー・エム 東京基礎研究所 主席研究員
中学時代にプールでの怪我がもとで失明。1982年に大学の英文科を卒業。1985年に日本IBM入社。2004年に東京大学工学系研究科博士課程終了。入社後はアクセシビリティ技術の研究開発に従事。1997年に視覚障害者でもネットサーフィンが楽しめるソフト「ホームページリーダー(HPR)」を開発。現在11カ国語に対応。2004年に視覚障害者や高齢者にとってのウェブサイトの使い勝手を評価できるソフト「エーデザイナー」を開発し,現在体験版が公開中。これらの功績により,1999年厚生大臣表彰を受賞,2003年に米国女性技術者団体WITI(Women In Technology International)が選定する女性技術者の殿堂入り,日本女性科学者の会功労賞受賞,日経ウーマンWoman of the Year 2004で総合2位,2004年第3回日本イノベーター大賞(日経BP社が主催)において優秀賞を受賞。