デジタル機器の多機能化が続く中,問題となっているのが使い勝手の向上。機能が多すぎて使えないという状況が頻発しているためだ。使いやすい商品を生み出すための有効な開発手法として知られるUCD(User Centered Design:ユーザー中心設計)が,日本でもここ1~2年急速に注目を集めている。
ただ最近では,UCDの弊害も指摘され始めている。UCDで使いやすい製品は作れるかもしれないが,ユーザーの情動を喚起するような斬新なデザインは生まれない,というのだ*。
しかしUCDを適用して,斬新かつ使いやすいデザインを生み出すことは可能である。ユーザビリティのコンサルティングを手がけるU’eyes Designは,UCDをベースにした独自の手法で,携帯電話を開発する実験プロジェクトを実施した。使いやすさを確保しつつ,今までにない新たなデザインを提案した。
高齢者が使いやすい携帯電話を
プロジェクトの目的は,高齢者でも使いやすい携帯電話の開発。現在でも高齢者向けをうたっている製品はあるが「単に機能を削っただけのものが目立つ。例えば高齢者でもメールを使いたい人は多いはず。それが切り捨てられている」(同社のProduct Experience Design Groupの徳永達哉マネージャー)。
開発作業は,高齢者を対象にしたユーザー調査から始まった(図1[拡大表示])。3人のユーザーの協力を得て,家庭を訪問して話を聞いた。また,携帯電話を使ってどのようなことをしたかについて,写真を交えた日記をつけてもらう手法(フォトダイアリ法)も実施し,利用状況を把握した。
すると,やはり高齢者でもメール機能を重視していた。さらに,さまざまな課題が明らかになった。例えば「自宅にいるとき,携帯電話をかばんに入れたままにして着信に気づかないことが多い」「電車での移動時にマナーモードにし忘れて,肩身のせまい思いをした」などである。
こうして得られた声を基に要求項目を洗い出し,仕様書をまとめた。そして仕様を満たすデザインを考えた。アイデアは出せるだけ出し,プロジェクト内で議論したり,ユーザーである高齢者からも意見を聞いて徐々に絞り込んだ。
二つの案が高評価を得る
モックアップ作成までたどりついたデザイン案は四つ(写真[拡大表示])。形状を変えることでモードを切り替える「Komon」,クレードルを付けることで文字の見やすさや着信の気づきやすさを確保した「nico」,形状を工夫して通話をしやすくした「VOCE」,画面の上にレンズを付けた「LC」である。どれも,現行の携帯電話とは大きく異なる。
モックアップはユーザーに渡し,印象を聞いた。さらに,考え得る利用シナリオを文章にして読んでもらった。「それにどの程度共感してくれるかで,ユーザーの評価が分かる」(User Experience Engineering Groupの伊藤泰久シニアユーザビリティエンジニア)からだ。
中でも評価が高かったのはKomonとnicoである。Komonは,形状を見るだけでモードが分かる点が高く評価された(図2[拡大表示])。高齢者には,公共の場所ではマナーモードに設定すべき,という思いの強い人が多いという。だが設定ボタンは小さいし,現在のモードを確認したくても,画面の表示が見にくい。Komonは,こうした不安を解消してくれる。
またKomonに関しては,メール機能の使いやすさも評価された。Komonでは,モードによって表面に出すボタンが変わる。例えば画面を横に回転させてメールモードにすると文字種を切り替えるためのボタンが現れる。文字種ごとに専用のボタンが用意されているため,スムーズに切り替えられる。また横に広い画面を使うため,大きい文字でも1行に多くの文字を表示できる。
一方のnicoは,着信の気づきやすさが高く評価された(図3[拡大表示])。自宅にいるときにかばんの中に携帯電話を入れっ放しでも,着信があるとクレードルが鳴って知らせるため,着信に気づける。またクレードルなら大きなボタンを配置できるため,メールも入力しやすい。長いメールは自宅で落ち着いて書いて送ることが多く,入力しやすさが好評だったという。
製品開発にフィードバックする
もちろんこの2機種でも,狙い通りの評価が得られなかった部分もあった。例えばKomonでは,メールモードに切り替える手間が面倒だとの声があった。
実際に現場に適用する際は,こうした評価をフィードバックし,製品開発を進めていくことになる。モックアップの段階で問題点を洗い出せれば,使い勝手の悪い製品を開発してしまう危険性はぐっと低くなる。