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 心理療法の世界では「インナーチャイルド」という言葉がある。過去に傷ついた子供心のことだ。

 人間は,過去の傷が適切に癒されないでいると,大人になっても問題行動に走りがちになる。犯罪者やアルコール中毒者はしばしば“傷だらけ”のインナーチャイルドを抱えているが,そのインナーチャイルドに適切な治療を施すことで劇的な改善を見せるという。

 一般人も,多かれ少なかれ,心の中にインナーチャイルドを抱えている。酒や煙草への度を越した中毒や,突然キレるといった行動の裏では,インナーチャイルドがむずがっている可能性があるのだ。

 インナーチャイルドを癒すにはどうすればよいのだろうか。専門家によれば,特定の心理療法を使いつつ,子供の頃の嫌な思い出を大人になった自分の視点で振り返り,共感し励ますことで,少しずつ癒されるそうだ。

 心理学者のカール・グスタフ・ユングは人生に行き詰まっていた時期,自分の中に息づく豊かな子供心を再発見することで,活力を取り戻したという。積み木で遊びたいという子供の頃の満たされない欲求を思い出し,大人のユングは積み木を買って遊び始めた。ほどなくしてユングは,「無意識」と「元型」からなる自身の理論を体系化するためのエネルギーを取り戻す。ユングは,生まれながらの創造性と活力を備えた子供心,すなわち「ワンダーチャイルド」を再発見したのだ。

 ワンダーチャイルドを再発見した者は,仕事や芸術で大きな成果を生み出すことが多い。その点,米アップルコンピュータのCEO,スティーブ・ジョブズは,ワンダーチャイルドそのものに感じられる。ソニー・コンピュータエンタテインメントの久夛良木健社長にも,何となくその雰囲気がある。講演や記者会見で彼らが発するパワーは,ワクワクする少年そのものだ。

 筆者は,ユングの真似を勧めるわけではないし,ジョブズになれと言うつもりもない。だが,「疲れた大人には,おもちゃ箱をかき回す追体験が必要だ」ということは言ってもいいと思う。偉業を成すほどの活力をもたらさなくても,ワンダーチャイルドの発見は我々にちょっとした喜びを与えてくれる。

 筆者は3月1日の「ITpro」リニューアル作業に関わった。記者として取材活動を並行して進めるのはもちろんだが,編集者やWebサイトの管理者としてコラムの構成を考えたり,時にはWebページのデザインに口を出したりもした。

 その最中にふと,幼少のころに学校の壁新聞を作ったり,IEよりもNetscapeの方が脚光を浴びていた大学生時代に,仲間と顔をつきあわせながらWebサイト構築のアルバイトをしていたことを思い出した。“バイトは金目当て”と言ってしまえばそれまでだが,幼少の頃と同じように,無心になって手を動かしていたことを憶えている。ITproのリニューアルで筆者は,久方ぶりに自分の子供心をかいま見たように思う。

 そうこう考えを巡らしているうちに,ソフト会社のチーフ・プログラマとして働く友人のことが頭に浮かんだ。以前,“取材抜き”で友人の会社を訪問したことがある。浮かれた雰囲気の金曜の夜にもかかわらず,手がけたWebサイトの機能がどんなに優れているかを,とっくりと説明する彼は,自身のワンダーチャイルドと一体化していたのだろう。

参考文献:「インナーチャイルド」日本放送出版協会,ジョン・ブラッドショー著,新里里春監訳