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 「そのシステムを動かせ!」シリーズでは,いままで「意識改革」「抵抗勢力」「業務改革」「ユーザー要求」などをキーワードに,レイムダック化(弱体化)したシステムの甦生を検討してきた。しかし,システムの甦生には,システムの成否を決める重要にして基本的な要素である,プロジェクトの「人材」と「トップ」の関与も避けて通れない。このうち,今回は「人材」について検討する。

 なお,システムを甦生させる対策を個々の要素ごとに取り上げているのはコラム執筆の便宜上であって,実際には複数の要素が絡み合ってシステムにダメージを与えている。従って,実際の対応は複合的になる。今回の「人材」についても,便宜的に単独テーマとして取り上げていることを,あらためてお断りしておく。


優秀なライン人材の獲得は実際には難しい

 システムを導入するときのプロジェクト・チームには,ラインから優秀な人材を思い切って引き抜いて投入しろと一般的には言われている。副次的効果として,引き抜かれた後のラインで人材が育つともいう。しかし現実には,ラインはなかなかエース級の人材を供出しない。むしろ問題人材が投入される。筆者は,そういう例をいくつも見てきた。

 優秀な人材を出すには出したが,プロジェクト・チームとラインとで業務を「兼務」することが条件であったり,西も東も判らない新人を出したり,果てはラインで抱え込んでいた「旗本退屈男」をこれ幸いとばかりに出してきたりする。

 例えば電子機器メーカーAで,SFA(営業支援システム)導入に取り組んだときの話だ。モデルに選定した2つの主要支店からプロジェクト・チームの専任メンバーを供出させたが,このうち名古屋支店から派遣されたB部長代理は,もともと技術屋でITに詳しいというふれこみだった。このため,プロジェクト・チームとしても最初は大歓迎だった。しかし,活動の後半になって徐々に分かってきたことだが,B部長代理はITに詳しいがオタク的で,理屈っぽ過ぎるため営業には不向きで,支店の中でも浮いた存在だった。一種の「旗本退屈男」である。

 そのため,以下のような問題が発生した。

・名古屋支店での現場の本音がプロジェクト・チームに反映されなかった
・プロジェクト・チームの意思が名古屋支店に行き渡らなかった
・名古屋支店の業務改革(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)が中途半端になった
・B部長代理が懸命になればなるほど,システムのカスタマイズやアドオンにB部長代理の個人的偏見が強く働いた
・名古屋支店では店員の意識改革が進まず,抵抗勢力をほしいままにさせた

 結果として,システムが稼働してみると,名古屋支店で際立って多くのトラブルが発生することになった。


現状の人材とシステムを与件として対処する

 一方,プロジェクト・チームにラインから参加する人材が「兼務」の場合も,トラブル発生の元になる。優秀な人材でもライン優先のため,だんだんプロジェクト・チームへの出席率が悪くなり,すべてが中途半端になってしまうからだ。

 しかし,人材がダメだったからシステムがダメになったとこぼしても始まらない。ダメだろうが何だろうが,すでにシステムは走り出している。ダメ人材,ダメシステムを与件として対処しなければならない。

 上記の電子機器メーカーA社では,名古屋支店長とプロジェクト・チームのリーダーに,筆者は必死に以下のような説得を試みた。

・ダメシステムだと決め付けたままシステムを否定し続けるわけには行かない
・ダメ人材を派遣し,その後バックアップせずに放置した責任は支店長にある
・責任を取るには,(ダメ人材,ダメシステムという)与件を受け入れた上でシステムを使い切らなければならない

 支店長は,ダメ人材のB部長代理を全面的にバックアップすることを約束し,ダメシステムを使い切るための「システム効果実現委員会」を設置した。同委員会では支店長が委員長,B部長代理が副委員長となり,システム効果の実現に動き出した。

 支店長は支店内に対し,B部長代理は支店代表としてプロジェクト・チームに派遣されたのであり,いまさら「聞いていない」とか「言ったことが伝わっていない」ということは,支店自らの責任放棄であると主張。稼働中のシステムを使い切るよう努力するという方針を打ち出した。

 支店長の本気の姿勢が,支店内全員の意識を変えた。システムには使いにくいところがいくつかあったが,いずれ手を加えることにして,当面使い切ることで支店員は納得した。

 「旗本退屈男」だったB部長代理も俄然モラールアップし,生き生きし始めた。B部長代理はシステムの使い方・効用を根気よく支店員に説明して回り,支店員からの多少のシステム修正要望については,改めてプロジェクト・チームを動かした。やがてB部長代理は,名古屋以西の支店を啓蒙するため支店行脚を始めた。


周囲のバックアップがダメ人材のやる気を引き出す

 ダメ人材だけがシステムをダメにしているわけではない。むしろ,ダメ人材を供出したラインの長が責任を認識すべきであり,また「ダメ」のレッテルに惑わされた周囲の人々がシステムをダメにしている場合が多い。

 プロジェクト・チームに優秀な人材を当てるにこしたことはないが,そうそう人材が豊富にいるわけではない。となれば,人材の使い方が問われるべきである。

 そもそも中小企業,特に零細企業は「優秀な人材」などと贅沢を言えない。優秀だろうが,ダメだろうが,与えられている人材でやるしかない。それで立派にやり遂げている例を,筆者は数多く見聞きしている。筆者自身,過剰人材として行き場を失っている製造部の作業員や倉庫員を,情報システム部門に受け入れてオペレータやSEに育てた経験がある。

 もちろん,すべてが成功するわけではない。中には失敗もある。上記のB部長代理は変わり者の「旗本退屈男」だったが,幸いITに詳しいという取りえがあった。しかし,いくら努力しても,箸にも棒にもかからないというケースは必ずある。その場合は,割り切って次の人材を求めるしかない。

 ダメ人材を重用して,上司が十分バックアップしながらダメシステムの救済に踏み出すなら,ダメ人材のモラールはアップし,周囲の協力も得られ,システムはやがて甦生する。

 何をいまさら教科書的なことを...と思うなかれ。まずはやってみないと前に進めない。


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■増岡 直二郎 (ますおか なおじろう)

【略歴】
小樽商科大学卒業後,日立製作所・八木アンテナなどの幹部を歴任。事業企画から製造,情報システム,営業など幅広く経験。現在は,nao IT研究所代表として経営指導・執筆・大学非常勤講師・講演などで活躍中。

【主な著書】
『IT導入は企業を危うくする』,『迫りくる受難時代を勝ち抜くSEの条件』(いずれも洋泉社)

【連絡先】
nao-it@keh.biglobe.ne.jp