PR
筆者紹介 横井正紀(よこい・まさき)

横井正紀氏の写真 野村総合研究所 情報・通信コンサルティング二部上級コンサルタント。1985年筑波大学基礎工学物質分子工学類を卒業。メーカーの研究部門(オフィスシステムおよびワークスタイル)を経て野村総合研究所に転籍。現在はリサーチ&コンサルティングに従事。専門はオフィス環境論、情報通信分野における技術動向分析と事業化支援、ならびに事業戦略立案。

 これまで5回にわたって、地域医療のために必要となるインフラストラクチャーを考えてきた。最終回である今回は、今後の方向性などを含め、総括しておきたい。

■地域医療を支えるITの考え方──専門医不足を解決するために

 地域医療の情報化を議論していくうえで中心に据えるべきは、「地域医療支援病院」であろう。地域医療支援病院は、1997年に改正された医療法の改正により病院・診療所の機能分化や、医療の効率化を推進する狙いから整備が始まった。これにより、都道府県知事が承認した中核的な病院は「地域医療支援病院」と称し、主に地域の他の病院・診療所から紹介を受けた患者を治療する役割を担うことになった。

 地域医療支援病院を中心とした地域医療を行っていくためには、プライマリ・ケアを担う地域の診療所(地域の臨床医)、これを支援する役割を担う地域医療支援病院など二次医療を担う病院、高度な医療サービスの提供や高度な医療技術の開発などの三次医療を担う特定機能病院、また、長期療養を必要とする患者を対象とする療養病床を持つ医療機関など、各医療施設において、効率的・効果的な機能分担と連携を進める必要がある。

 すなわち、個々の病院としてではなく、地域全体で効率的な医療サービスの在り方に力点をおくことが肝要である。そして、地域の医療機関を、中核医療機能を持つ基幹病院と日常的な医療を確保する病院、診療所に再編するとともに、消防や行政などの関連機関を含めこれらの情報流通を的確に行うためのネットワーク整備こそが、地域医療のIT化の目指すべき方向である。

 地域医療支援病院を中心として開業医や診療所を位置付けると、地域医療はハブ・アンド・スポーク型になる。しかし、地域医療の人材不足は深刻である。ここでもIT基盤の必要性が論じられている(図)

■図 ハブ・アンド・スポーク型の地域医療モデル
ハブ・アンド・スポーク型の地域医療モデル

 図中の地域医療支援病院から右側に「読影企業」という表記がある。読影とは、放射線画像など見て診療を行う行為であり、読影企業はそれを専門的に行う民間企業である。地域医療支援病院といっても潤沢に専門医を配置できる状況にあるわけではなく、その一方で医療診療は高度化することによって、放射線画像の量も増加の一途をたどっている。この放射線画像の読影を、地域医療支援病院が民間企業にアウトソースして、読影をしてもらい、セコンドオピニオンとしてそのレポートを診療に利用するということを積極的に行うことを、この図は示している。すなわち、専門医不足と高度医療の課題を同時に解決しようとするモデルである。もちろん、地域医療の専門医不足は放射線医に限らない。しかし、このようなモデルによって、地域医療支援病院と医療関係の民間企業が連携すること、あるいは他の病院が連携していくことは今後ますます必要になってくるであろう。

■日常と非日常に対する地域医療のアプローチ

 上述の専門医不足は地方地域の課題である。ただし、病院の数、医者の数、救急搬送の平均時間などの数字などから、一言で「地域」といっても、地域の種類によってその事情は異なる。よって、その地域の特性や特徴を十分把握した上で、適切な環境整備計画が必要になる。地域の特性を考える切り口になるのが、通常時と災害時の対応である。つまり、日常的に発生する医療行為と、地震や大規模火災など、非日常的に発生する医療行為は、規模だけではなくその対処方法に特徴が出てくる。このような「場所」×「時」を鑑みて地域医療を整備していくことも今後は求められるであろう。以下にいくつか事例を挙げよう。

○災害時の都心部
 平日都市部で大規模地震が発生した場合、東京都千代田区では、約70万人が帰宅難民になり、2日間は十分な交通の確保ができないと予想されている。もちろんこのなかには、負傷者もおり、その救助ならびに救命活動が必要になる。

○災害時の都市近郊部
 ベッドタウン化した近郊の昼間と夜間では、住民の在所情報が異なり、対処方法も異なる。昼間時は関連地域と連携した広域での対応が必要になってくる。

○災害時の地方地域
 情報網の断絶や状況把握への手間取りが致命的になることが少なくなく、的確な情報に基づく対処ができる環境整備が望まれる。

 地域医療は、このような災害時への対応と密接に関係があるため、地域医療と災害時救急を分断して議論していくことはナンセンスであると考える。すなわち、地域医療は、日常と非日常を両にらみで議論していくことが求められてきている。

■海外の救急医療基盤事情──広範囲での連携が可能に

 本コラムではこれまで海外事情に触れてこなかったが、ここで、2つの事例をみておこう。

 アメリカにおいては国内の緊急事態に対して連邦政府行政機関であるFederal Emergency Management Agency(FEMA連邦危機管理庁)の統括のもとFederal Response Plan(FRP)と呼ばれるシステムをもっている。この米国の災害対応全般の基礎となるシステムは、以下の3つである。

  1. 緊急時の管理体制として指令、運営、計画、後方支援、事務・融資の5つの機能に関する標準化(Incident command system(ICS))
  2. 関連省庁間連携体制(Multiagency Coordination Systems)
  3. 医療に関連した情報提供環境(Public Information Systems)

 国内の緊急事態のうち「大災害時の医療」に対しては、FEMAの統括のもとThe National Disaster Medical System(NDMS)が機能する。NDMSは大災害発生時に医療機関の受け入れ体制構築と、災害現場への医療チーム派遣という二つの機能を担うシステムである。

 また、フランスにおいては1956年に全国的な公立救急医療システム(SERVICES D'AIDE MEDICALE URGENTE,以下SAMU)が設立されて以来、SAMUを中心に救急医療体制の一環として大災害対策の研究、模索が重ねられている。災害対応プランとしては、1987年に医療機関、消防、警察が一体となった国レベルで統一された「PLAN ORSEC」があり、1986年の166人の爆弾テロ並びに1989年から1990年の間における3回にわたる列車事故(総計200人の傷病者)の対応時に発動され、各々多大な成果を挙げている。

 日本は、欧米の研究成果と比較して地域における災害時の医療支援の体制は整っているが、全国規模での災害救急医療連携ネットワーク、災害時におけるプロトコール開発などに関して十分検討が行われていない。また、地域を越えた広域の視点からの、災害救急医療連携ネットワークと無線通信および有線通信等の電気通信を利用した災害救急医療通信ネットワークについては、十分に検討していないのが現状である。

■整備する基盤には"人的要素"も重要

 救急時は、速やかに患者の重症度の選別をおこない(トリアージの実施)、現場などで必要な治療を実施し、患者を適切な処置ができる医療機関に搬送するかが救命率を左右することは第1回に述べた。すなわち病院に到着する前の医療(プレホスピタル・ケア)の底上げが救急医療には要求されている。そのために救急現場から画像の必要性をなど指摘してきたわけであるが、救急現場に立ち会っている救命士の医療行為の範囲が決められており、実施できる役務が限定されている。最近は、救命士が気管挿管の処置を救急現場で実施できるようになったが、エコー装置の利用は認められていない。つまり、医者の多くが必要としている患者の現在を知るための画像が、患者から採取することができない現状がある。

 救命士の医療行為拡大に関しては、さまざまな議論と論点があり、ここではその詳細には触れないが、無視できない課題であることは間違いない。

 一方、プレホスピタル・ケアでもう一つかかせないのが、「バイ・スタンダー(患者のそばにいる人)」の協力だ。都内で要請を受けた救急車が到着するまでの平均時間は5分から6分。一方、呼吸停止後、2分で人工呼吸を始めた場合の救命率は90%あるが、三分後は75%、五分後には50%まで落ちるとされている。最近は大きな鉄道のターミナル駅などで、自動除細動器(AED)が備えられている。AEDは心室細動などの心停止状態の患者に電気ショックを与えて正常な鼓動を再開させるための機器で、患者の状態を自動的に判断してショックの程度をセットしてくれる。これは、一定の講習を受ければ利用することができ、高齢化社会を反映してその設置が広まってきた。米国では空港や駅、スポーツ施設からホテル、カジノなどさまざまな場所に除細動器を置き、警備員やスポーツのコーチらが使用できる環境づくりに取り組んでいる。

 このように考えると、地域医療は病院内だけではなく病院外に広がり、また医者に準じた一定の医療行為ができる人の介助によって地域医療の裾野が広げられるといえる。つまり、医療に関する人的なリテラシー向上とそれを安全に実施できる環境創りも重要な地域医療のテーマであることを、我々は忘れてはならない。