商談での価格の叩き合いはなくなるどころか、厳しさを増している。本特集では、価格破壊で勝負するライバルに対し、値下げ以外で打ち勝つための5つの提案のコツを解説する。例えば、「RFP(提案要求書)が出る前にユーザー企業に入り込む」「プラスαの提案をする」といったコツは提案の基礎だが、実践する上では誤解も多い。誤解を解くとともに、叩き合いから脱け出しつつあるソリューションプロバイダ各社が現場でどう実践しているのかを学んでほしい。
「コンペで低価格攻勢をかけてくる競合に対抗しようにも、低収益案件に対する会社の目は厳しい」。最近、こういう嘆きを各所で聞く。現在のソリューションプロバイダは“価格破壊”を仕掛けるライバルに対し、見積もり金額を極力下げずに受注しなければならないという難題に直面している。
値下げ競争は昔からあるが、「最初から最終価格に近い金額を提示するようになり、値下げ自体が難しくなっている」(京セラ コミュニケーションシステムの入来勝幸ICT営業本部ICT西日本営業統括部副部長)。無理な低価格競争は業界全体を疲弊させる。それだけに、日立システムアンドサービスの村本眞治産業システムサービス事業部東京産業・流通本部本部長のように「昔ながらの赤字受注や仕様を理解せず安い見積もりを出す価格破壊企業には憤りを感じる」という声は多い。
価格破壊企業が目立ってきた背景には、引き合いが何倍にも増えているのに、受注に結び付かない「引き合いバブル」がある。コンペが常態化し、さらに1つの案件で10社以上のソリューションプロバイダに声をかけるなど競合の裾野が広がった。
ユーザー企業は競合同士を比較して値下げを要請し、ソリューションプロバイダ側でも新規案件を取るために無理な低価格を出す企業が出てくる。結果、価格の叩き合いが激化しているのだ。値下げ競争に付きあった挙句、本命企業からの見積もりを下げるためだけの「当て馬」だったというケースも多い。
問題の原因は、値下げ競争に巻き込まれる側の提案内容にもある。ユーザー企業に対してソリューションプロバイダ選定のコンサルティングを行うアイ・ティ・アール(ITR)の広川智理取締役/シニア・アナリストは、「同じ内容の提案であれば、経営層への説明責任を果たすためにITベンダーに価格競争をさせざる得ない」と明かす。
ただし、ユーザー企業もこの状況を本当に望んでいるわけではない。安いだけの提案に飛びついた後で追加費用を要求されたり、最悪、作り直すという事態は決して味わいたくない。「安かろう悪かろうに対する不安を抱いており、きちんと動くシステムに費用をかけるようになっている」(広川取締役)という。実際の商談においても、「機能や価格だけでなく、プロジェクトマネジャーや開発体制など仕事の進め方を評価されるケースが増えた」(インテックの岸逸郎技術・営業統括本部参事)。
以下では、価格破壊提案を仕掛けてくる競合に打ち勝つ5つのアプローチを解説する。ユーザー企業の要望を読み取り価格の叩き合いから脱却してほしい。
その一 RPFが出る前に仮説をぶつけろ
まずは、コンペになっても優位になれるよう、RFP(提案依頼書)が出る前からユーザー企業に食い込もう。値下げ競争に陥らないためには、「ユーザー企業の困っていることを聞きだす」ことが第一歩だ。ソリューションプロバイダは当然、実践しているつもりだろう。ところが、ユーザー企業にはあまり伝わっていない。
取材で会うユーザー企業の多くが、「自社製品の説明をした後で、困っていることはありませんかと聞いてくる営業担当者が少なくない」と指摘する。ある製造業のシステム部長は、「ほとんど会ったことがない他人に、会社の恥をさらすような真似をすると本当に考えているのか」と呆れる。悩みを聞くには、売りたい気持ちを隠して、ユーザー企業との信頼関係構築に注力することが肝心だ。
日本オフィス・システム(NOS)で新規ユーザー開拓を担当している枝村秀人市場開発事業部開発営業部部長は、「5回訪問した後でユーザー企業の悩みを聞く」というのを徹底している。以前、「新規顧客が心を開くまでの訪問回数は4.3回」という調査を見たことがきっかけだが、期待以上の効果が出ているという。
だが、どうやって5回も会ってもらうか、特に新規顧客が相手の時は大きな関門になる。「情報を持っていっても煙たがられるばかりで効果がない」というソリューションプロバイダも多い。それは相手が興味を持つ情報ではなく、自分が売りたい情報を持っていくからで、迷惑がられるのは当然だ。「企業紹介やカタログの説明は問題外」(住友林業の岡田周二情報システム部グループマネージャー)である。大事なのは、相手が興味を持つ情報を提供をすることだ。
では、どういう情報が喜ばれるのか。NOSの開発営業部は、「質問するのではなく、あらかじめ立てておいたユーザー企業の課題の仮説をぶつけて、反応を得る」というやり方を実践している。初訪問の前に、ユーザー企業の業界情報や財務諸表を分析して、経営ニーズや課題の仮説を立てる。訪問ではシステムを提案するのではなく、相手の課題を示唆する。
「たとえ仮説が間違っていても、どう違うのかを指摘してもらえる」(枝村部長)。相手の課題に近付ける上に、修正した仮説を持っていくという再訪問の立派な理由までできる。訪問を重ねる中で、既存のソリューションプロバイダやハード/ソフト、リース時期などの情報を聞き、新たな仮説の種にして、優先順位が高い課題を絞り込む。
NOSの開発営業部は2003年に、新規顧客専門の営業部隊として発足したが、当初はほとんどの案件で1次選定で敗退していた。しかし、このやり方を徹底した2005年は、ほとんどの商談で最終選定に残り、最終まで行けなかったのは1案件だけだったという。
本記事は日経ソリューションビジネス2006年6月30日号に掲載した記事の一部です。図や表も一部割愛されていることをあらかじめご了承ください。
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