日本テレコムが2006年2月に始めた「ULTINA On Demand Platform」KeyPlat。ネットワークとITの融合を具現化した先進的なサービスだ。そしてそのインフラを支えるのがオラクルのミドルウエア群。オラクルはこれを新しい企業ネットワーク,新しいアプリケーション提供のインフラに位置付ける。そのインパクトを日本オラクルの新宅正明社長兼CEO(最高経営責任者)に聞く。
■KeyPlatは“実装”したことに意義がある。これで次世代システムの基盤が整った
──データベースをはじめとするミドルウエア製品のOracle10gを使い,日本テレコムが「ULTINA On Demand Platform」KeyPlatという斬新なサービスを始めた。ネットワークとコンピュータを融合した“コンバージド・プラットフォーム”などとも呼ばれるが。
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(写真:佐々木 辰生) |
コンピュータのリソースやネットワークの帯域を,オンデマンドで必要な分だけ利用できる新しい仕組みだ。今までは掛け声だけだった「グリッド・コンピューティング」を,実際のインフラに実装した初めてのケースだと思っている。これでようやく新しいコンピューティング環境の実用に道筋がついた。
ユーザーは,膨大な初期導入コストと運用の手間をかけることなく,リーズナブルな月額料金で,すぐに必要なネットワーク・システムを入手できる。ネットワークやシステムのインフラ構築・運用については,餅は餅屋に任せ,ユーザー企業はソフトをサービスとして利用する。これからの企業システムのインフラは,間違いなくKeyPlatのような仕組みが主流になる。
多くの企業は,内部統制やセキュリティ,グローバル化に向けたインフラ整備など喫緊の課題に直面している。しかし,それだけでは不十分。環境変化に即応できるようなシステムを構築しなければならない時期に来ている。だから,今のタイミングでKeyPlatのインフラを作れた価値は大きい。
一方で,オラクルのビジネスにも大きな意味がある。KeyPlatは次世代のソフトウエア流通を実現できるインフラだからだ。
■これからのソフトウエアはネット経由のサービスになる
──オラクルにとっては,KeyPlatで何が変わるのか。
KeyPlatのような環境でこそ,ユーザーにはシステム,あるいはソフトウエアの本当の価値が見えてくると考えている。
オラクルは元々,ネットワーク経由のサービスとしてソフトを提供することを考えていた。だがシステムの“出口”をサービスにするには,通信事業者の存在が不可欠だ。だから日本テレコムは顧客というよりパートナの位置付け。次世代のネットワーク・システムを目指して, 一緒にKeyPlatを開発してきた。
──なぜサービスとしての提供が重要なのか。
今のソフトはパッケージ提供が中心で手離れが悪いうえ,必ずしもユーザーの要望に応えられていないからだ。
しかも日本では,こうしたシステム,特に基幹系のシステムは減価償却の期間が長く,システム価値の見極めが難しい。これほど変化が激しいにもかかわらず,作り上げたシステムを何年も使い続け,償却しなければならない。
リソースに価値が残っていても,使い続けることに価値があると思えないシステムは少なからずある。多くの企業が,その棚卸しをできずに困っているのが実情だ。だからシステム投資の大部分が,本来は不要なシステムの運用・保守にまで充てられ,そのせいで新しいシステムの開発に着手できないという現象が起こる。結果として経営のスピードも上がらない。
この状況を改善するには,必要に応じてすぐに利用でき,必要なくなったら即座に利用を中止できる仕組みが欠かせない。ソフトの提供方法には,そういう選択肢があってしかるべきだ。KeyPlatのようなSOA(サービス指向アーキテクチャ)に基づくインフラを使えば,システムの追加・変更が容易。しかも,リーズナブルな料金で利用できる。
──ASP(application service provider)サービスに似ている。違いは何か。
既存のASPサービスには,ベースとしてのコストを計算するロジックがほとんどない。構築・運用に何人月かかっているから,あるいはコードの大きさやリソースの食い方がこれくらいだから,このぐらいの値段というコスト計算が中心だった。作り手側の論理がそのまま値段になっていると言っていい。しかし,それではシステムの価値判断はできない。
KeyPlatは違う。サービスの品質など,付加価値に応じて論理的に料金が決まる。だから,ユーザー企業は自分が利用するシステムの価値を考えて,最適なサービスを選べる。
1日2~3回落ちても構わないアプリケーションなら比較的安いサービスを選べばいいし,特定の時間帯には確実に動いてほしいアプリケーションには,それなりの対価を支払って信頼性が高いサービスを利用すればいい。
今後は,ユーザーの感性を変えていく努力が必要だろう。情報システム部門は,システムを外部に出すのは不安だという気持ちが強い。その不安を払拭しなければならない。
──他の通信事業者にも同様のプラットフォームを提供できると思うが。
横展開は十分可能だ。我々のナレッジで汎用化できたものは外に出していく。企業内であれ,同様のサービスを手掛けようとしている事業者であれ,我々としては提供する準備が整いつつある。ユーザーにとっては事業者の競争環境が必要だし,他の通信事業者も当然取り組んでくるだろう。
ただ,今はビジネスとして成功するかどうかを模索している段階。オラクルとしては,日本テレコムのサービスがこのままでいける,オラクルの責任は十分果たせたという時期が来るまでは,同じ仕組みをどんどん売っていくつもりはない。製品単体では売っていくが,ナレッジについては,当面は日本テレコムのビジネスに集中する。
──一般企業向けはどうか。
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(写真:佐々木 辰生) |
KeyPlatで得たノウハウは,一般企業向けの市場でも十分生かせる。今,企業の間ではM&A(企業の合併・買収)などが頻繁に起こっており,それに伴うシステム統合も珍しくない。システムの統合,改変を進めるうえでは,KeyPlatのようなSOAに基づく仕組みが威力を発揮する。新しい業務アプリケーションをすぐさま稼働させられるし,変更も容易になる。
企業向けには,これとは別に社員の生産性向上を目指した製品も提供していこうとしている。代表例はコラボレーション・ソフトの「Collaboration Suite」や,検索システムの「Secure Enterprise Search」だ。
我々は,企業の生産性を上げることを目的に情報化を進めてきた。にもかかわらず,今は情報がかえって生産性を阻害するというジレンマに陥りつつある。情報が大量に発生し,秩序立てて管理されていないからだ。便利だと思っていた仕組みが,何でこんなに時間のかかる不便なものになったのかと感じる人は少なくないだろう。
Collaboration Suiteは,企業内で共有するメッセージ,メール,文書ファイル,イメージ・ファイルなどを共有するための基盤で,「エンタープライズウエア」と呼んでいる。セキュリティを確保しつつ,さまざまなデータを共有できる。誰がいつどの情報をアップデートしたかなどの履歴も残せる。
一方,Secure Enterprise Searchは,エンタープライズウエアの対象となるファイルや文書を一斉に検索する仕組み。オラクル以外,例えばマイクロソフトのSQL ServerやSAPのデータベース,Notes文書も検索できる。これらを組み合わせると,あるテーマに関して時系列に情報を全部並べ,これを関連者に通知するといった仕組みを実現できる。
──通信事業者は「次世代ネットワーク(NGN)」の構築を急いでいるが,これをどう見ているか。
オラクル・グループとして,いろいろな製品を提供するチャンスがある。例えばNGNの中核要素の一つであるSIP(session initiation protocol)サーバー。OSには,コストやセキュリティ面で強みを持つLinuxが有力候補になるが,ここにはMIRACLE LINUXが入り込める。また,通信履歴などの情報を高速に記録する仕組みには,最近買収したTimesTenのインメモリー・データベースが威力を発揮する。これは非常に大きなビジネス価値になる。
当然,課金システムをはじめ,ネットワーク機器やサーバー群から情報を集約し,処理するシステムもある。そのバックボーンとしてのデータベースはオラクルの最大の強みだ。
課金システムも重要性が増すはずとみて,課金システム・パッケージのベンダーである米ポータル・ソフトウエアを買収した。売る商品はだんだん変わっていくし,割引などにより料金計算のロジックやその複雑さも変わる。変化のスピードは速く,これを通信事業者の知識だけで乗り越えるのは容易ではない。こういう市場を狙っていく。
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