PR

 前回に引き続き,M社の社長の案内で,生産ラインを見学しています。今日の社長は,筆者の前を小走りに歩き回り,若手社員を中心に声をかけています。

お盆休みが明けて,社員が随分と増えましたね。
「いまの生産体制は,春先の凪(ナギ)の状態に合わせて正社員を確保していますから,夏以降は派遣社員やアルバイトを受け入れることになります」
2004年に労働者派遣法が改正されて,製造業でも派遣受け入れが認められましたからね。ただし,派遣社員の弱点は,思うような人材が集まらないことや,単純な作業しか任せられないことなどですよね。

「現在は,熟練工の高齢化に頭を痛めているところです。技術を伝承させようにも,派遣社員では難しい。おまけに最近のフリーターくんは,『オレ的な仕事じゃないっす』とかいって,翌日から来なくなるんですよねぇ」
M社の社長は,苦り切った表情を筆者へ投げ返しました。

 M社ではここ近年,製品の不具合や労災事故が絶えないそうです。同業他社では,劣悪な労働環境に腹を立てた派遣社員がその仕返しとして,得意先名簿を社外へ持ち出す「情報漏えい事件」まで起こしたとか。中小製造業の経営者は大変です。

 生産ラインを一通り見てから生産管理室へ戻り,原価計算システム『原価計算工房』を立ち上げて,前回のコラムで紹介した生産数量と販売数量のグラフに,新たなデータを加えた図1の画面を開きました。

図1●生産数量と在庫数量の推移に活動時間を追加したグラフ

「タカダ先生の作るものって,ずいぶんと凝ってますよねぇ」
『原価計算工房』は筆者1人で制作しているので,マニアックな面は否定しません。今年の春から管理会計&戦略会計の機能をさらに強化して,“Ver.4(2006年版)”にグレードアップしました。

 それはともかく,図1は数式処理を施しているだけあって,そう簡単に描かれるものではありませんよ。生産数量曲線(青色の線)と販売数量(黒色の線)に変わりはありませんが,新たに加わった「緑色の線」と「赤色の線」は人の活動時間に基づく時間曲線を表わしています。時間曲線といっても,(1)標準時間なのか実際時間なのか,(2)直接活動時間だけなのか間接活動時間も含めるのか,といった選択肢のほか,機械稼働時間という選択肢もあります。

 図1では,実際時間かつ直接活動時間を選択しています。M社とは『原価計算工房』を通して十年来の付き合いなので,作業日報データのバリエーションも豊富です。また,数量軸と時間軸とを同一のグラフに描くことはできません。図1の縦軸は,スケールの異なる事象を比較するために対数目盛りを採用しています。

 さて,図1から何を読み取るか。

 C線からD線にかけては,正社員の活動時間です。これは,ほぼ水平に推移します。E線は,正社員の活動時間に派遣社員やアルバイトの活動時間を加えたものです。図1で赤く色塗られた面積の部分は,彼らの活動時間を表わしています。ここまでは,季節変動に対するオーソドックスな対応策といえます。旧来型のコスト管理の手法を続けていけばいいでしょう。しかし,21世紀に入り「ITの時代」といわれるようになって,旧来型でとどまっていては困ります。次の図2をご覧ください。

図2●左上方に広がるグレー色の暗雲は機会損失を表す

 図2は,基本的には図1と同じ構造ですが,ただ1点,左上方にグレー色の暗雲が広がっています。この暗雲の正体は,現状の生産体制を続けていった場合の機会損失を表わしています。この面積を定積分で解析したところ,売上高ベースで約15億円にもなりました。
 今後,M社が取り組むべき経営課題は,この暗雲を取り払うために,上期に需要が発生するような新製品を開発・生産することです。この十年,M社では新製品の開発に向け,内部留保の蓄積に努めてきました。大企業であればすぐに取りかかれる製品開発であっても,中堅・中小企業には長い歳月を必要とします。
 来年の上期に照準を合わせた新製品投入は,景気循環論の『ジュグラーの波』とも符合します。これが軌道に乗れば,図1における正社員の時間曲線(C線→D線)を上方へシフトさせることができ,図2にある楕円のカタマリは雲散霧消します。

「さっき,生産ラインにいた派遣の若い連中を,この秋から正社員として雇う予定です。派遣社員の残業手当は正社員の5分の1に抑えられるので,派遣のほうが目先のコスト面では安上がりなのですが,派遣を正社員に格上げするとモチベーションが上がって,生産性(注1)がぐんと高まるんですよ」
機会利得の考えを適用すれば,どちらを選ぶかは,火を見るよりも明らかですね。それに暗雲が消えれば在庫調整を気にせずにすみますから,在庫削減運動への意識が高まります。

 M社の社長と生産管理室で話し込んでいるとき,若い社員が現われました。彼は室内に社長がいることを知らなかったらしく,狼狽(ろうばい)した表情を見せましたが,部品の搬送中にコンベアの駆動部を破損させたことを,頭を下げて正直に申し出ました。社長は真っ赤な顔をして怒るかと思いきや,「おぅよ,いま行くぜ」と嬉しそうな顔を浮かべ,作業帽をかぶり直して生産管理室の社員と一緒に駆け出していきました。

(注)生産性には,労働生産性と資本生産性があります。本文は,労働生産性のことを指しています。労働生産性は,企業の付加価値を従業員数で割って求めます


→「ITを経営に役立てるコスト管理入門」の一覧へ

■高田 直芳 (たかだ なおよし)

【略歴】
 公認会計士。某都市銀行から某監査法人を経て,現在,栃木県小山市で高田公認会計士税理士事務所と,CPA Factory Co.,Ltd.を経営。

【著書】
 「明快!経営分析バイブル」(講談社),「連結キャッシュフロー会計・最短マスターマニュアル」「株式公開・最短実現マニュアル」(共に明日香出版社),「[決定版]ほんとうにわかる経営分析」「[決定版]ほんとうにわかる管理会計&戦略会計」(共にPHP研究所)など。

【ホームページ】
事務所のホームページ「麦わら坊の会計雑学講座」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~njtakada/