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沖電気工業
情報通信事業グループ
インキュベーション本部
eおとプロジェクト
薄葉 伸司 沖電気工業
情報通信事業グループ
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薄葉 伸司

最終回を前に、IP電話開発の原点になった“想い”を紹介する。それは1995年1月17日、阪神・淡路大震災をきっかけとするものだった。

 「IP電話の夜明け前」と題し、2004年2月よりスタートし、正・続を通して長らく続けさせていただいたこの連載も、いよいよ終盤である。IP電話というのは、グラハム・ベルによる電話の発明から130年にわたる電話の歴史を塗り替える画期的なコミュニケーション・ツールであると確信している。VoIPの開発に黎明期からかかわってきた私たちは、当初よりその可能性を信じ追求し続けている。これまでの連載を通じて私たちの歩んできた活動と共に、追い求めてきた可能性についての考え方や思いの一端もご紹介してきた。最終回となる次回には、私たちがイメージしている「IP電話の夜明け」についてご紹介させていただくつもりである。

 それに先立ち、VoIP開発の原点をいま一度振り返ってみたい。それは、VoIPゲートウェイの開発に着手した1995年にさかのぼる。これまで公表を控えていた、私たちにとってVoIP開発の原点ともいえる、その「価値」についての当時の考察を紹介させていただくことにしたい。

VoIP開発の原点――ライフラインとしての音声コミュニケーション

 1995年1月17日。阪神・淡路大震災。予期せぬ大地震は、想像を絶する大変な被害をもたらした。この地震で犠牲になられた方々へ、あらためて心からご冥福を祈りたい。

 実は、最初に私達が製品化したVoIPゲートウエイである「BS1100-VOICEHUB」のコンセプトには、この震災の教訓が大きく影響している。

 地震発生後、被災地周辺の電話は非常につながりにくい状況に陥った。電話網というものは、社会インフラである電話としての絶対的な品質を保証するため厳密に設計されている。遅延時間は一定に保証され、欠落など発生しない。そして一度接続すると、話者が切断しない限り、その品質は保証される。そういう、厳密な設計により構築されている。しかし、逆にいうと、品質保証できる通信路がしっかり確保されない限り、接続されないともいえるわけである。

 大きな災害が起こったときには、通信機器の被害も発生するし、その一方で安否の確認のための呼が当然ながら増大する。そうすると「輻輳(ふくそう)処理」という呼の制限が自動的に行われる。「輻輳(ふくそう)処理」とは、通信機器の処理限界を超えることによる不安定動作を回避するために、呼の接続に制限をかけることをいう。つまり「つながった場合の回線」が、不安定な、品質の悪い通信状態になるのを避けるため、呼の接続を減らしてしまうということで、通信の品質を保証するための裏返しとして発生する。電話網が全面的にダウンすることは回避されるが、接続は大幅に制限される。結果的に、災害時には、通信機器の制限に加えてますます「電話がつながらない」という状況に陥ることになる。

 では一方、インターネットはどうだったであろうか? 実は、このとき、インターネットプロトコル(IP)を利用したデータ通信網はつながっていたと聞く。いや、「つながる可能性がゼロではなく、そして、実際に通信ができた。」というのが正確なニュアンスを伝える表現かもしれない。

 IPを利用したネットワークでの通信は、ベストエフォート型の通信であるので、品質の保証はされない。だがその一方で、ルーティングの可能性があれば、極力つなげる努力をする、自律的なネットワークであるといえる。つまりIPでは、アクセスできる環境にあれば、通信できる可能性が「残る」のである。大きな遅延や、データの欠落はあるが、つながる可能性がある。言い換えると、ネットワークが壊滅的な状況に陥っても通信を確立させる可能性を「ゼロにはしない」。これは、ベストエフォート型のパケット通信の最大の利点であるといえる。

 自然災害、人的事故にかかわらず大災害がおきたときのライフラインの通信手段として、品質保証はされないがつながる可能性のあるものと、つながるときは一定の品質保証はあるが、ほとんどつながらないのでは、どちらが有効であろうか?

災害に強いIP電話

 私達が最初に開発したVoIPゲートウエイ「BS1100-VOICHUB」に込められた設計思想は、「品質保証はないが、つながる可能性のあるIPネットワーク上で最大限の音質を確保すること」である(IP電話夜明け前 本編第6回参照)。

 何段ものルーターを経由し、届いた音声でも、音の連続性を保証し、はっきりと聞き取ることができるようにしよう。仮にトランシーバのような通信状況に陥っても、決して欠落させることなく、データをつなぎ合わせて音として再生しよう。電話網が壊滅的に被害を受けるような大災害が発生した場合でも、全くつながらないか完全につながるかではなく、つなぐ可能性を残しているIPネットワーク上でのライフラインとしての音声通信を実現しよう。これこそが、私たちが目指したVoIPの「価値」である。

写真1●IP電話の製品化に意見をいただいた国立がんセンターの水島洋先生
 この価値観は、その後、現在取り組んでいる「eおと」に至るまで脈々と流れている私たちの基本的な考えとなっている。私達が提供させていただいている「eおとエンジン」にもその機能が組み込まれている。どんなにIPネットワークが進化し、高速化しようとも、決して忘れてはいけない原点として位置付けており、基本思想として今後とも受け継いでいくつもりである。

 当時、利用者の視点でIPネットワークの災害耐力に注目され、製品化に対してご意見をいただいた国立がんセンターの水島洋先生(写真1)に、この場をお借りし感謝の意を表させていただく。イノベーションのジレンマを乗り越えて、世に製品として出荷することができたのは、正しい価値に導いてくれた方がおられたおかげであることを忘れてはいけないと肝に銘じている。


薄葉 伸司(うすば しんじ Shinji Usuba)
1995年からIP電話関連製品の開発に着手。以後、開発に携わった機種は10機種以上にのぼる。開発業務が長かったが、社内のインキュベーションプログラムに参加したことがきっかけで、新しい道を歩むべきと悟りを開く。現在は、「eおと」にこだわった商品創出を担当する。
 先日、日系航空会社A社が提供している機上インタネット接続サービスを利用。ソフトフォンを使ってオフィス同様の環境が実現できることを知り感動。災害にも強いが、場所も選ばないIP電話の底力を改めて実感。